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週刊現代

狂気か、こだわりか…天才・黒澤明伝説

敬礼に始まり敬礼に終わる撮影現場

女優が全員やめた

黒澤明監督の自伝『蝦蟇の油』には、秀才だった兄が屡々登場する。

小学校二年生の水練のときに兄にボートに乗せられ、いきなり川へ突き落とされる。必死に水をかき廻してもがき、ボートに近付こうとすると、ボートは遠ざかる。そんな繰り返しのうち水底に沈んで意識を失いかけたとき、褌を掴まれ引き上げられ、兄のひと言。

「明、泳げるじゃないか」

関東大震災の焼け跡を兄に誘われて見に行く。至る所に焼けただれた屍体、隅田川にはパンパンに膨らんで浮いた夥しい屍体。「よく見るんだ、明」と叱咤される。「怖いものに眼をつぶるから怖いんだ。よく見れば、怖いものなんかあるものか」

 

末っ子の弟を逞しく鍛え上げようとする兄と、その兄からの試練と薫陶を受けて成長する弟。その構図は巨匠の後々の作品中に師弟に置き換えられて瑞々しく投影される。

戦時下の内務省の検閲官の被害妄想的・色情狂的な精神異常ぶり、来なかったのは軍艦だけと言われ人心を荒廃させた東宝労働争議、三船敏郎という俳優への新鮮な衝撃など、『羅生門』までの人生を綴る筆の運びはのびやかで、巨匠の文章家ぶりも板に付いている。

見落とせないのはデビュー作『姿三四郎』に続く二作目『一番美しく』に触れてのひとくさりだ。

勤労動員の女子挺身隊の滅私奉公ぶりを描くこの映画をセミドキュメンタリーで撮ろうとした監督は、女優たちにしみついている「気取り、芝居気、俳優特有の自意識を取り去って」しまうべく、駈け足、バレーボールをさせ、ロケ現場である日本光学の寮に入れて工員同様の日課で労働をやらせ、本来のただの少女に戻すことから始める。撮影終了後、出演者たちはみな女優をやめて結婚してしまったというのだから可笑しい。

ノンフィクションとして評価の高い『黒澤明vs.ハリウッド』(田草川弘著)は、真珠湾攻撃を描く日米共同製作映画『トラ・トラ・トラ!』での黒澤監督解任の謎に迫る労作であるが、撮影中に監督が演じたとされる奇行のひとつに「赤絨毯・ファンファーレ・敬礼事件」があげられている。

即ち、ステージの入り口からセットまで赤絨毯が敷かれ、山本五十六役の素人俳優がやってくるとファンファーレを鳴らし、監督を含めたスタッフ一同が「敬礼!」で迎え、撮影が終わると、また「敬礼!」で見送る。同じことを他の役者にも強要したというものだ。

しかし、これは『一番美しく』の女優たちから俳優臭を除去する作業とは裏返しの、実業界のエリートとして地位も名誉もある軍人経験者の社会人俳優をその気にさせるための完全主義的演出であって、奇行というほどのことではないのではないか。

日米間の数々の齟齬、東映京都撮影所スタッフとの軋轢やその結果としての就労拒否等々、トラブル続きの中で迷走し苦悩する黒澤監督の姿はひたすら痛ましい。

ただ、救われるのは素人俳優集団との関係が最後まで良好に保たれていたということで、思えば、彼らほど不可思議な体験をした人たちはないであろう。中でも山本五十六役の鍵谷武雄氏などは近衛文麿首相役の老練俳優千田是也を相手に、監督に絞られながらもそれなりの演技をしているのだ。

本物でなきゃダメだ!

「クロサワはドキュメンタリー的なリアルな表現を好んだ。逆説的に言えば、理想的な俳優の演技は、素材としての、素人と同じになることだった」。『羅生門』以降の全ての黒澤作品の現場にスクリプターとして身近に携わった野上照代さんも『完本 天気待ち』に書いている。

『七人の侍』の野武士に身内を殺されてあばら屋にひとり住む「久右衛門の婆さま」も「本物の百姓の婆さんでなきゃ駄目だ」と監督が言うので、浅草寺で鳩の豆売りをやっていた婆さんを老人ホームから捜し出してきた。

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