格差・貧困

もうすぐ、日本人の8割が「負け犬」になる日がやってくる

待つのはアメリカと同じ未来なのか
川崎 大助 プロフィール

政府のみならず、社会全体がそうした「スライド」を推奨した。そんな新しいライフスタイルが日本の高度経済成長期を形づくっていった。それは昭和初期に百姓の次男坊三男坊が次々と「兵隊」となっていったのにも似ていた。

戦後の「サムライ」像とは、戦前戦中の兵隊同様、会社に奉公する自分自身を理想化したイメージでもあった(もちろんそれは勘違いで、戦後のサラリーマンこそが、その時代の「百姓」だったのだが)。日本の労働者人口のうち、約8割が被雇用者だ、とよく言われる。かつてはその大多数が「正社員」だった。だから彼ら自身は「城に通う御家人」だと思っていたのかもしれないが、大多数は事実上の「小作人」でしかなかった。

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ゆえに彼らには、「ヒルビリーのようなもの」を笑う必要性があった、と僕は考える。自分たちは「ホワイトカラー」に成り上がったのだから、「ああいうもの」を笑い飛ばしていいのだ、その権利があるのだ、と。その笑いから新しい日本の輝かしい未来が生まれてくる――ような気がしていた、はずだ。

つまり、日本が会社立国と言われた時代、「理想的な社会主義」と揶揄されるほど、政府と企業と国民が「持ちつ持たれつ」を実現できかけていた時代そのものを「裏支え」していたのが「日本版ヒルビリー」への差別意識だったのではないか。一時期の日本の躍進は、ヒルビリーを足蹴にすることで達成されたのだ

日本人が右傾化した原因

そうしたメカニズムが、根本的に壊れてしまったのが90年代だ。日本経済の底に穴が開いた。それから今日まで、先進諸国がそれぞれ順調にGDP規模を倍加させていった二十数年間に、日本だけがただ同じ場所で足踏みを続けている。そして一人あたりのGDP金額では、想像を絶する急坂を転げ落ちている最中だ。いま現在も転落の速度は一切ゆるまず、また同時に、まだまだ「底」はまったく見えない。

 

つまりこうして、日本人は未来を指向できる足場をなくしてしまった。かつてエコノミック・アニマルとまで呼ばれた戦後の日本人が「経済成長」を欠いたら、どうなるか。考えるまでもない。「引き戻される」ことになる。田舎に。「捨てたはず」だった、日本伝来の地べたを這いずりまわる「過去の」生活に。

だからいま、明確にそうなり始めている。国際的に見てもかなりめずらしいだろう、汎国民的な「先祖返り」が猛スピードで進行中だ。「弱い者」からどんどん「ヒルビリーの穴」へと取り込まれていく。その仄暗い穴の奥は、ある種母親の胎内のように温かくて心地いい、のかもしれない。

平たく言うと、近年とみに多いという、いくつになっても、いつまでも実家にいて親と同居しているような感覚こそが「そこ」と地続きなのかもしれない。現代の「田舎のプレスリー」は、「風大左衛門」は、もう都会を目指さない。

この「後退」が、文明の退化とも言える現象が、90年代以降の日本人の多くが急速に右傾化した原因だと僕は考える。田舎に、「過去」に還っていくのだから、保守どころではない。ファンタジーの範疇に入るだろう「フィクショナルに美化された戦前の価値観」に耽溺するのは自然な流れだ。もはや、そこにしか居場所はないのだから。「ここではない」嘘八百の偽史のなかにしか、精神の拠り所はないのだから。

排外思想も同様だ。経済が折れて「自信を失った」途端に、自意識の暗い奥底にずっと眠っていた「ヒルビリー性」があらわになったのだろう。旭日旗に対する批判への感情的な反応はもとより、なにかというと「日本人以外」の東アジアの民族や国家を侮辱したがる傾向が、90年代後半以降、燎原の火のごとく広がっていった理由も「文明人からの退化」で説明できる。

退化しながら「仲間誉め」ばかりに精を出し、そのときにかならず「排外的な悪口を言う」といったパターンが多い。

僕は日本人のこの傾向を「日本人至上主義」と呼んでいる。アメリカの白人至上主義者のように、「人種として」の日本人だけが神より選ばれた貴い種なのだ、とするような思想だ。そして、アメリカの例と大いに違うのは、日本における潜在的な「至上主義者」層が「とてつもなく多くいる」ということだ。

少なく見積もっても、日本の全人口の8割がヒルビリー化する可能性がある。そんな人数の何割かが「日本人至上主義者」化するかもしれないわけだ。日本は「ヒルビリーの国」になって、「日本人至上主義(日本人ファースト?)」が国是となってしまう、かもしれない。「一億火の玉」なんてスローガンが提唱されたこともある文明圏なのだから、あながちこれは「ない話」ではない。

次回、この連載の締めくくりとして、アメリカのヒルビリーが「どこからやって来たのか」その原点を見据えつつ、未来の話もしてみたい。きわめて近い将来、日本のヒルビリーが引き起こし得る厄災について、できるかぎりの透視をしてみよう。

<第5回へとつづく!>