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歴史

海鮮料理からデザートまで!おしゃれにも敏感な縄文人の意外な生活

羨ましいの一言です

現代人でもうらやましいグルメぶり

狩猟や採集で食物を確保するその日暮らしの生活。常に飢餓にさらされ、住宅周辺に食材がなくなれば、食材を求めて別の場所へと転々とする日々。住居や衣服も粗末で苛酷な雨風にさらされ、栄養不足から平均寿命は30歳前後であった―。

そんな縄文人のイメージはすでに過去のもの。現在の教科書では様々な魚介類を肴に果実酒の杯を傾けるグルメな縄文人の姿が描かれている。なぜこんなにも教科書の記述が変わったのか。

きっかけは1992年の三内丸山遺跡の発見だ。青森県で県営の野球場を建設するために事前の発掘調査を行ったところ、縄文時代の巨大な集落跡が発見された。道路が整備され、ごみ捨て場まであった。ごみ捨て場からはブリ、マグロ、マダイ、メカジキの骨や、カニ、ウニ、アサリ、ハマグリの殻が見つかっている。現代人も羨むほどの豪勢な食卓だ。

 

さらにヤマブドウ、キイチゴ、サルナシなどの果実から酒まで造っていたことが判明している。

住まいの竪穴式住居にしても大きなものが作られており、最大のものは長さが32mもある。雨風は十分にしのげただろう。つまり、それまでの定説とは異なり、縄文人はそれなりの大人数で定住していたことがわかったのだ。このことはクリやヒョウタン、エゴマ、ゴボウ、マメ類を栽培していたことからも裏付けられる。

おしゃれにも敏感だったようで、動物の骨や貝殻、ヒスイやコハクで作られた耳飾り、ペンダント、腕輪なども出土している。素材となったヒスイや、石槍などに使われた黒曜石は、新潟県や北海道、長野県産のものも含まれており、縄文人が広域での交易をしていたことがうかがえる。

こんな豊かな生活をしていたのだからもちろん長生きで、全国9遺跡で出土した86体の人骨を調べた結果、3割以上が65歳以上のものであることがわかった。

古代史では、考古学の分析手法の発展によって、新発見が生まれやすい。ゆえに教科書の記述も変わりやすいのだ。(羽)

『週刊現代』2017年10月14・21日号より