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解散の大義を批判する前に、野党はまず対案を出すことに注力せよ

解散があることは分かっていたのだから

今秋解散は野党も想定していた

9月25日午後6時、安倍晋三首相は記者会見を開いて、解散総選挙に打って出る方針を正式に表明した。

野党各党は28日に召集される臨時国会冒頭での解散に、「大義なき解散」「森友・加計学園問題隠しのための解散」と、首相の決断に批判を浴びせている。共産党は憲法の少数野党による国会開催要求権を無視し続けたうえで、ようやく開いた国会を開会冒頭で解散すること自体、「憲法違反の解散」だと強く批判している。

たしかに、このタイミングで突然、解散することに、明確な「大義」があるわけではない。このタイミングで選挙に踏み切ることが政権与党にとって最も有利だと判断したから、というのが本当のところだろう。

 

だが、これまでの内閣による衆議院の解散は、結局のところ首相の「損得」によって行われてきた。

衆議院議員の任期は4年だが、任期満了で総選挙となった例はほとんどない。内閣不信任案が可決した際に、総辞職するか衆議院を解散するかを憲法69条に基づいて選択する場合のみ内閣は衆議院を解散できるとするのがもともとの憲法の考え方だったと言われる。

しかし、憲法7条に「内閣の助言と承認」によって天皇が行う「国事行為」に衆議院の解散という項目があるのを利用し、内閣が助言すればいつでも天皇が衆議院解散の詔勅を出すことができるとの考え方が繰り返し使われることになった。これにより、衆議院解散は内閣の権限、ひいては閣僚の任免権を有する首相の「専権事項」ということになった。

日本国憲法の解釈が固まらなかった戦後しばらくはともかく、首相による解散権が繰り返し行使されてきた現在となっては、もはや7条解散を違法だというのは難しいだろう。

2014年12月の総選挙から3年近くがたち、いつ解散総選挙があってもおかしくない、というのが永田町の常識だった。

18年12月が任期満了だが、任期満了が近づけば近づくほど、権力者の掌握力が落ち、いわゆる「レイムダック」化することは避けられない。このため、任期満了あるいはそれが近づいて解散総選挙という選択肢も「ない」というのが永田町の常識だった。つまり、この秋から来年夏までに解散総選挙があると衆議院議員の誰もが考えていたのだ。

大義や森友・加計はどうでもよい

だから、「大義があるかどうか」など、与党議員も野党議員も本音では考えていない。本当はどうでも良い事なのだ。

実際、民進党の幹部議員は、衆議院議員の補欠選挙が決まっていた10月22日に投票日を合わせて解散総選挙に踏み切ることを想定し、地元選挙区に選挙準備を指示していた。9月の臨時国会冒頭での解散は、可能性のひとつとして与野党議員の間で予想されていたのである。

だから、「突然の解散だ」と野党は強く批判するが、本当は「突然」とは思っていなかったのである。

だからこそ、民進党は蓮舫代表を辞任させ、代表選を行ってまで新代表を決めたのだ。背景には蓮舫氏では総選挙を戦えない、という根強い声があったからだ。

選択のタイミングを計ってきた安倍首相からすれば、与党に有利かどうかで判断するのは当然のことである。