企業・経営

いま一番稼げるのは「データ・サイエンティスト」かもしれない

新卒でも「破格の待遇」
伊藤 公一朗 プロフィール

日本で育てられるか

もちろん、米国で起こっていることが必ずしも正しいわけでなく、日本も完全なる追随をすれば良いとは思わない。

しかし、データ・サイエンティストの力を上手に取り入れている米国企業に日本企業が様々な場面で苦渋を味わわされていることも事実である。ビッグデータの活用で遅れをとっていると言われる日本ができることはどんなことであろうか?

1点目は、これまで述べてきたような「データ・サイエンティスト」の育成である。

私が『データ分析の力』を執筆しようと考えた理由は、日本ではデータ分析という考え方を教わる機会が(少なくとも私の受けてきた教育を考えると)非常に少ない、という問題意識があったためだ。

小学校から高校までの教育で算数や理科は教わるが、データの見方や分析のやり方を教わることは稀であった。大学でも理系学部であれば統計学の授業が必須だが、文系学部の学生はそういった考え方に接する機会が非常に少ない。

また、理論的なことを教わる機会があっても、実用への応用法を実地訓練として教わる機会が少ないという問題もある。

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この点は米国の大学と日本の大学で決定的な差がついてきていると感じる。米国大学の学生は、専攻に関わらず幅広い学部教育を受ける。例えば、仏文学専攻の学生や生物学専攻の学生が、ミクロ経済学、計量経済学、人工知能分析などの授業を履修しているのは珍しいことではない。

事実、前述したシカゴ大学の研究補助員採用で驚いたのは、候補者として上がってきた学生の履歴書を見ると、1)データ分析に必要な授業の履修2)指導教授やインターンを通じて実地でのデータ分析の訓練、という2点を、所属学部に関わらず、大半の学生が学部3年生くらいまでの段階で習得してきている点であった。

 

少なくとも私が学部時代を過ごした2004年前後の日本の学部教育では、こういった機会は少なかったし、授業は二の次で飲み会やサークル活動に忙しくすることが規範とされる雰囲気があった。

もしも現在の日本の大学教育が2004年当時とあまり変わっていないとしたら、大学卒業の時点で付いてしまう学生の力の差は日米間で非常に大きいのではないだろうか。

もちろん、データ・サイエンティスト養成の教育を引き受ける場所は、大学教育だけではないかもしれない。しかし、日米の大学を見てきた身としては、次世代を担う人材を育てるという視点で日本の大学教育にできることはもっと沢山あるのではないかと感じざるを得ない。