写真:伊藤みかこさん提供
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IQ28障がい児の母が語る「小児病棟はシングルマザーだらけ」

病室から銀座に通う夜職ママも

医師がオススメする名医を紹介する医療情報フリーペーパー『ゲンキのモト』編集長の伊藤みかこさん。編集者としてバリバリ活躍する傍ら、16歳、13歳、2歳の男の子たちを育てる母親としての顔を持つ。しかも、体重664gの超未熟児として生まれた次男は言葉を発することもできない重度の知的障がい児だという。夫の浮気、超未熟児の出産、障がい児育児、離婚、そして再婚──人生の荒波にもまれるどころか、精力的に波を乗りこなしている伊藤さんに話を聞いた。

前編はこちら http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52969

産婦人科をたらい回しの挙句、大出血で救急搬送

最愛の父親をがん告知から2ヵ月という短期間で亡くした伊藤さん。ユウゴくんを身ごもったことに気付いたのは、父親の死から1週間ほど経った頃だった。不正出血は気になっていたが、長男の産休明けで仕事に復帰したばかり。新しい書籍の編集を任され、仕事の隙を縫って病院に行くことすら難しい日々を過ごしていた。

しかも、引っ越してきたばかりの土地。まだ、web上で病院検索をするサービスも普及していなかった13年前のことだ。病院探しの大変さは、想像に難くない。

 

最初に行った産婦人科は、産婦人科の標榜をしているにも関わらずエコー(超音波診断装置)すらないところだった。ほかの病院に行きたいと思ったが、なかなか病院に行く時間を作れない。

次に訪ねたのは、以前有名だという噂を聞いたことがある産婦人科だった。実際に行ってみると、そこは不妊治療専門のクリニックで、妊婦は見ていないと診察を断られる。

その後、自宅で大出血して救急搬送。前置胎盤による大出血で、そのまま管理入院となった。ユウゴくんが生まれたのはその1ヵ月半後、妊娠24週のことだった。

「引っ越してすぐだと、産婦人科とか小児科とか、どの病院がいいかって分からないじゃないですか。働いていないと聞く相手もいなくて。その時に一人たらい回しにあったこともきっかけで『ゲンキのモト』を作ったんです」

父の死と、息子の出産をきっかけに、フリーの編集者だった伊藤さんは「医療情報フリーペーパー」という新しい媒体の立ち上げを目指すことになる。

昼間は取材、夜は暗い病室でパソコンに向かう日々

出生体重は664g。まだ体の各器官も完成していないうちに産まれてしまったユウゴくんは、そのままNICUに入院することに。伊藤さんは、出産後、知り合いの紹介で入社した広告代理店で、信頼できる医療情報誌の立ち上げを提案する。社長からも「是非一緒に良い媒体を作っていこう」と賛同を受け、『ゲンキのモト』誕生に向けて動き出す。

「ユウゴが9月に生まれて、NICUに入ってる間に(創刊の)準備をして、6月に『ゲンキのモト』の1号目を発行したんです。退院してきてからは母に見てもらうこともありましたが、またすぐその後、入院することになっちゃって」

生後まもないユウゴくん。写真:伊藤みかこさん提供

3歳くらいまでの小さな子どもが入院する場合、病児の受ける心身のストレスを減らし、離乳食やおむつ交換など日常のケアをするために、24時間の付き添いを求める病院は多い。ユウゴくんの病院は、母子同伴で入院するコースと、付き添いなしで預けるコースを選ぶことができた。

「たいがいは夜のケアとかあるから3歳くらいまで母子同伴で入院して。基本的にはみんな(母親が)泊まるコース。6人部屋で、担架みたいなベッドを敷いて。キャンプみたいだよね、毎日。それでも泣いちゃうから、私は小さい(子ども用の)ベッドに2人で寝て。で、寝静まったら静かに(ベッドを)出て担架で寝てた。今思うとよくやってたなって思う」

さらに、伊藤さんには仕事もあった。

「(入院生活の)途中からパソコンを持ち込んで原稿を書き出したんだけど、看護師さんによっては夜の見回りの時に怒られたりして。先生は事情を知ってるから『私が許可してるから、やらせてあげて』って言ってくれて、暗がりで原稿を書いてた。昼はお母さんが見てくれてて。私は(昼間は)仕事へ行って、夜ごはん食べて交代する、みたいな。子どもが入院するってけっこう大変なんです」