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ライフ

はあちゅう初の小説集『通りすがりのあなた』の読みどころ

一期一会がくれる小さな気づき

通りすがりのTさん

子供の頃からずっと、私は病気なんだと思っていました。

体は元気だけど心は違う。友達が楽しんでいるようなことを楽しいと思えない時が多かったし、昨日まで夢中になっていたことにいきなり飽きたりする自分が怖くて、自分で自分を信頼できないし、常に心のどこかでは人生の儚さみたいなものを感じながら生きている。

情熱と紙一重の場所には、いつも、もうどうなってもいいやという諦めがある。どこかはわからなくても、私はどこかがおかしいんだと今でも思っています。

けれど、何の病名もつかないままこの年になり、普通の人に混じって、普通のふりをして生きているうちに、普通かどうかなんていう判断は何の役にも立たないことに気づきました。私には私にとっての普通しか与えられていないのだから、自分が受け入れられる場所を探すしかない。

はみ出た部分を受け入れてくれる場所さえあれば、私はそこでは幸せに生きていけるのです。受け入れられない場所では今まで通り、普通の人のふりをしていればいいわけだし。

 

この「普通のふり」について考える時、いつも思い出すTさんという方がいます。大学時代に一緒にお仕事をした方ですが、とにかくよく私用電話をかけてくる方でした。

毎晩2時間以上、仕事がうまくいかないとか、人生が楽しくないとか、そんな話を何度も何度も聞きました。打ち合わせの時は明確にその企業の代表としての役割を果たしていて、その態度を崩さないのに、夜になると、途端にTさんはただの話したがりの大人になる。

仕事には全く関係の無いその電話をちょっと面倒に感じ始めた頃、ふと連絡が途切れて、その後、Tさんが心の病気で会社を辞めたことを聞かされました。同じ話を何度も誰かに話したくなるのは、もしかしたらその病気のせいだったのかもしれません。

私と会っていた時にも、見た目には何も変わらなかったけれど、頑張って普通のふりをしていたんだ、あの人も本当は生きづらかったんだと切なくなりました。友達でも家族でもない、微妙な距離感だった私は、話しやすかったんだと思います。距離が近すぎる人にこそ本音を話せない時があるから。

そして、話すことで社会と自分との接点を探っていたのだと思います。相談したいわけでもなく、誰かと話をしていたら、落ち着いたんでしょうね。