Photo by iStock
週刊現代

元セクシー女優から見た、「おじさん達」の愛くるしい生態

あなたもネタにされてるかも?

文筆家・鈴木涼美さんのこの20年間で出会った「おじさん」たちの思い出を元にしたエッセイ『おじさんメモリアル』が好評だ。 「妄想大恋愛おじさん」や「通り魔的なおじさん」などなど一言では括れない、多様なおじさんたちが赤裸々に語られる一方で、女を買う男の悲哀も鋭く優しく述べられている。

「男と女、なるべくフェアに並べて書いた」と語る鈴木涼美さんに、本を書くに至る動機や仰天エピソードを伺った。

※連載「A子ちゃんとB美ちゃんの複雑な感情」も好評中!⇒http://gendai.ismedia.jp/list/author/suzumisuzuki

「買われる側の論理」

―ブルセラ女子高生、キャバクラ嬢、AV女優、東大大学院生、大手新聞記者……異色すぎる経歴の中で出会った夥しい数の「おじさん」たちの姿から、「性」と「消費」のあり方を浮き彫りにする本書。執筆の動機はどこにあったのでしょう。

いくつか挙げられるのですが、まずは単純に、おじさんの生態が面白いから(笑)。例えばメールにせよ電話にせよホテルの一室にせよ、イタいお客さんたちが閉じた空間でキャバ嬢や風俗嬢と交わすやりとりって、にわかには信じられないくらい、幼稚で滑稽なんです。これはぜひ表に出す機会を設けたいなと。

 

―実際、単なる指名相手の女の子に毎回「お別れの長文メール」を送りつけてくる「妄想大恋愛おじさん」や、失礼なLINEメッセージを無差別に乱射する「通り魔的なおじさん」など、傍から見たらコントとしか思えない所業を繰り返す中年男性たちの情けない姿に衝撃を受けました。

夜の世界は古くから映画や小説のモチーフになってきたのに、焦点化されるのはたいてい女性のほうですよね。つまり、そこにあるのはあくまで「買う側の論理」であって、「買われる側の論理」は無視されてきた。

だから、男の側から美化して描かれる前に、買っている側の「おじさん」のサンプルを、女の視点から集めたかったというのが二つめの動機です。

お金で買われる女の側ばかりが一方的に尊厳を削られているように解釈されがちだけれど、実は「お金を払わないとあなたと一緒にいられない」と言われている男の状況のほうがキツいということもあるんじゃないか。そういう「男の悲哀」って、焦点化されてこなかったけれど、非常に興味深いテーマなんじゃないかなと思ったんです。

―確かに、これまで女性の書き手による男性論といえば、フェミニズムの延長で語られることが多かったですよね。

例えば私の母の世代の頃なんかは、男性は収入や雇用や権利の上で確実に強者の立場にいた。ところが、今の女性たちが「獲得の途上にある側」だと考えると、男性は「失いつつある側」だと考えることもできるんですよね。これはこれで辛いだろうなと。

やたら「過剰」なおじさんたち

―ご自身が出会った中で最も印象深かったおじさんはどんな方でした?

キャバクラ用語で、初出勤の新人が初めての客を相手にすることを「初・初」と呼ぶのですが、これが大好物なおじさんというのがいまして……。

いきなりマルイに連れて行かれて「俺好み」の服をいろいろ着させられたりした挙げ句、2ヵ月後に「君はもう汚れてしまった」とか言われて他の新人の子に切り替えられた(笑)。

彼らは本当に「何もわかってない女の子」が好きなんですよね。経験豊富だってわかると萎えちゃうって人さえいる。でも、程度の差こそあれ、欧米の娼婦さんたちはマグロであればあるほど人気なんてことはあまりないと思うんです。

―確かに、女性にやたらと「ウブさ」を求めるのは、日本人男性の特異な点かもしれません。

自分よりも明らかに「力を持たない者」しか愛でることができないって、ちょっと情けない気がしますよね。あまりにうぬぼれているおじさんもイヤだけど、相手の経験を楽しむくらいの余裕は持ってもいいんじゃないかな。

そもそも「清純派AV女優」っていう語義矛盾に、なぜいつまで経っても誰も気づかないんだろう?(笑)。

―本誌編集部の「おじさん」たちにも何かアドバイスいただけないでしょうか。

以前『週刊現代』さんにインタビューしていただいた時に、「AVって本当にイッてるんですか?」とか「やっぱりセックス好きなんですか?」みたいな、「いかにも」な質問ばかりされまして(笑)。