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メディア・マスコミ 障害

子どもの頃から逃れられない「共依存」という恐ろしい病

誰かに頼れないのはなぜか

この社会はなぜ生きづらいのか? 暴力が生まれる構造とは? 介助や介護、子育てはなぜ苦しいのか? 作家の小野美由紀さんによる、脳性まひの小児科医・熊谷晋一郎さんインタビュー!(写真・三浦咲恵)。

熊谷晋一郎さん

加害者自体も、社会から排除されている

小野:相模原事件以降、先生はどのような社会の変化があったと感じますか?

熊谷:痛ましい事件が起きたとき、「もう二度とこういうことを起こさないようにしよう」という機運が高まりますよね。

そのとき、人々がついついやってしまう過ちのひとつが、犯人探し、つまり「こういう危ないことをする奴がいるから気をつけようぜ」みたいに、犯人になりそうな人を隔離したり、早くから摘発したりしようという風潮です。

小野:「自分とは関係のないモンスターがいる、その他者を私たちのコミュニティから隔離することによって問題を解決しよう」という。

熊谷:はい。しかし私はそうやって隔離することが、かえって当事者が、加害であれ被害であれ、暴力に巻き込まれる確率を高めるんじゃないかと思います。

私、相模原事件が起きてから10日後に、薬物依存症の自助グループの方と連名で追悼集会をやったんです。その中で、暴力に絡みとられてしまうひとたちが共通して抱えている意識に「社会からの排除感」がある、という趣旨の発言がありました。

小野:社会からの排除感。

熊谷:相模原の事件に関しても、単なる「加害者対被害者」の図式を超え、双方が何か構造的なものから排除されていることを感じます。

「加害者の側の孤立感」とか「被害者感」のようなものに注目することで、見えてくる景色がある。しかし、相模原の事件以降、こうした「加害者側の排除」を強めようという風潮がますます高まってきている。

 

小野:排除することが彼らをかえって反撃の側に押しやってしまうということですね。しかし、被害者の方にはシンパシーを感じやすいですが、加害者の方に同調したり共感したり、その側の視点で社会を見たりっていうのはなかなか難しいことだと思います。

熊谷:そうですね。たとえばネットなどでよく見るような形で、加害者にベタに同調するといいますか、思想を正確になぞるような形で同調することは危険です。

依存症の尊敬する先輩も、「今の段階で容疑者はまだ正直に語れるわけがない。そんな段階の語りをメディアが流し、人々がおびえたり怒ったり同調したりするのは、あまりいいことではない」とおっしゃっていました。

同調といっても大切なのは、加害者自身の思惑を超えた水準での同調というんですかね。恐らく依存症グループの当事者たちは、相模原事件の容疑者と同じような状況に置かれている仲間たちを数多く見てきたし、そこから回復していく仲間もたくさん見てきたと思うんです。

最初は自分の不安や不満を否認して、それを他者への攻撃性に転化していた仲間が、徐々にその自分の不安や不満を認めていくプロセスを「リカバリー」だとすれば、彼らはそういう過程を人よりたくさん見ている。

彼らのより添い方のように、莫大な回復の物語のデータベースを参照しながら、恐らくその加害者自身が気づいていないような感情や感覚をいわば先取りして同調していくような形で、加害者が社会からどのように排除されているのかを知り、サポートしていくことは、今後の支援のためにも必要だと思います。

弱者を社会から引き離すような、「セキュリティ完備の立派な設備を建てよう、犯罪には屈しないということをそれを通じて示そう」という機運と、それに抵抗して「もっとみんな、依存先がたくさんあって、当たり前の環境で暮らせるほうがいいじゃないか」というのを目指す方向と、それがせめぎ合ってきたこの1年だったと感じています。もちろん私は後者の立場ですが。