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企業・経営

創業100年「サクラクレパス」がこだわり続けた色彩への喜び

西村彦四郎社長が語る

1921年から約1世紀の歴史を持つサクラクレパスを取材した。創業時より同社はクレヨンを製造していたが、当時のクレヨンは硬く、色づきも薄く、描きやすいものではなかった。そこで、これを改良して画用紙に付きやすく、色を混ぜることもできる「クレパス」を創り出したのが同社。

子どもの絵に暖かいまなざしを注ぎ続ける西村彦四郎社長(61歳)に話を聞いた。

1925年誕生した「クレパス」

【全品回収】

明治期の図画・工作の授業は、地図や図案などを描けることを目的とした実利的なもので、手本画の模写の上手下手で成績が決まりました。しかし、この教育のあり方が大正時代に大きく変わりました。子どもたちに模写ではなく写生をさせる教育が始まったのです。そこで、写生に適した描画材料として弊社が1925年に開発したのが「クレパス」です。

発売当初は夏用と冬用があったんですよ。夏は軟らかくなるし、冬は硬くなるので調整が必要だったのです。しかし夏冬で使い分けるというのは不便だし、流通の段階で時季のズレによる苦情も出て、商品は全品回収。創業者の私財は底を突き、会社は倒産寸前になったと聞いています。

 

その後、必死の金策を重ねて夏冬の別がない商品ができたのは1928年のこと。以来、クレパスは子どもたちが画用紙いっぱいに自動車やお花を描くための描画材料として愛用され続けています。

【前触れ】

幼少時、ほかの子と違ったのは、ちょっと高価な24色入りのクレパスを持っていたことでしょうか。人生における大きな体験は、弊社入社後、大きな病気を患ったこと。その間は寝たきりでした。

せめて自分の世界を広げたいと思想書や歴史書のようなかたい本から、小説、エッセイの類いまでいろいろな本を読み続けました。気取った人だと思われたくないので書名は言いたくないのですが(笑)。

本って面白いですね。読むほどに興味が湧いてきて、次が読みたくなります。知識欲がインフレーションしていくのです。そして病気が治癒すると、私の人生観は変わっていました。「悪いことがあっても、それは良いことが起こる前触れなのだ」と考えるようになったのです。

【絵の見方】

抽象画はサム・フランシス、具象画はエドワード・ホッパーの作品が好きです。絵を見る愉しみは、徐々に学んでゆきました。様々な絵を鑑賞することを通して、単に「りんごの絵だ」と記号的に理解するのでなく「りんごはりんごだけど、画家はりんごを通して何を表現したいのだろう?」と考えるようになりました。

すると抽象画でも具象画でも、何かが伝わってきて感情が動くことに気付いたのです。私は、絵の良し悪しについてはわかりません。ただ「心が震える」、それが私にとって価値のある絵画なのです。