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企業・経営

衰退する日本で、商社だけがなぜ「勝ち組」になれたのか

総合商社の不思議

三菱商事、三井物産、伊藤忠商事、住友商事、丸紅。多少でもビジネスに関係する日本人でこれら総合商社の名前を知らない人はほとんどいないはずだ。では、その仕事の実態はどれくらい知っているだろうか。

ベテランのビジネスパーソンほど、実は商社の仕事の実態を知らなかったりする。それは商社各社が近年、大きく「稼ぎ方」を変えたからだ。その結果、総合商社の利益は大きく拡大した。なぜ彼らだけが「勝てた」のだろうか。

三井物産に30年勤務し、『ふしぎな総合商社』を上梓した小林敬幸氏は、その秘密は商社業界が味わった「挫折」にこそあると言う。

5社が「純利益1000億円クラブ」入り

総合商社は、知られざる「ポストバブルの勝ち組」だ。五商社(三菱商事、三井物産、伊藤忠商事、住友商事、丸紅)の連結純利益(税後利益)の平均をみると、1995年から2000年は赤字なのに、そこから2008年の約3000億円(1社1期当たり)まで右肩上がりで急成長する。それ以後、概ね数千億円の利益をだしており、これはバブル発生前と比べても10倍以上の規模だ。

直近10年の1期当たり純利益平均が1000億円をこえる日本企業は、2017年時点で30社ある。この「1000億円クラブ」に、商社業界からは3年連続で5社が入っている。

ポストバブルにおいて、ファーストリテイリングのように特別優良な1社が急成長する例はあるが、業界上位5社がこれだけ収益を拡大しているのは、商社業界だけだろう。業界5位の丸紅も2007年には、連結純利益1000億円を超えている。

これを「資源バブル」のおかげだと説明するのは、早計にすぎる。資源ビジネスの収益依存度が高いのは、上位5社のうち三菱商事、三井物産の2社だけにすぎない。

2000年代の商社の急成長は、特定の商品分野が成長したというよりも、商社が稼ぎ方を大きく変えたことによって実現した。従来の売買仲介型ビジネスから事業投資型ビジネスに変わったからだ。それも、資源の輸入、工業製品の輸出、新規事業の育成という従来の商社の全分野で、稼ぎ方を変えていった。これは、「業態変革」「ビジネストランスフォーメーション」「ビジネスモデルの変更」の稀有な成功例と言えるだろう。

 

この「稼ぎ方」の変化を象徴するのが、毎年5月の決算発表のシーズンに新聞に掲載される商社の順位の指標だ。私が三井物産に入社した1986年では売上高の順に並べられていた。今では連結純利益の順に並べて報告されている。

私は30年前、新入社員で経理部署に配属された3日目に、「こんな売上高の計上競争には意味がない」と業務日誌に書いた。翌日、人事担当の次長さんから赤のボールペンでノート1ページにわたってコメントがついて返されたのが、懐かしく思い出される。

今は商社間でも、社内の営業部署間でも、売上高を競う風潮は全くない。新聞の記事でも売上高は記載すらされない。単体決算上の売上高がゼロでも、ボーナス評価が高い営業部があるくらいだ。

総合商社は、このような業態変革を業界各社がみな行ったのがまた珍しい。富士フイルムのように、1社だけで行った業態変革でも「希少なケース」としてMBAのカリキュラムで取り上げられるのに、業界全体が改革に成功したとなれば、世界でも類がないだろう。

しかも、おもしろいのは、業界全体で示し合わせたわけでもなく、誰かが強力なリーダーシップを発揮したわけでもない点だ。「ラーメンからミサイルまで」といわれる多岐にわたる商品担当の各現場から、一斉にボトムアップ型で変革されている。