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週刊現代

シャープの経営判断を狂わせた「不条理の罠」とはなにか

一度ハマると抜け出せない…

非効率的なキーボードの配列

菊澤研宗氏の著作『組織の不条理―日本軍の失敗に学ぶ』は、人間は完全合理的ではなく、限定合理的であり、限定された情報獲得能力という制約下でしか意図的な合理的行動ができず、その結果が失敗を引き起こすという新制度派経済学を組織論に応用した優れた作品だ。

面白いのは取引コストに対する考え方だ。

〈周知のように、現在、一般に使用されているタイプライターやコンピュータのキーボードの上段の配列は、QWERTY……の配列となっている。この標準的なキーボードの配列が成立したのは一九世紀であり、われわれは歴史的にその配列に慣れているので、その配列があたかも効率的であるかのように思い込んでいる。

 

しかし、実際には、使用される単語の頻度や指の動きなどに関する人間工学的観点からすると、この配列は必ずしも効率的ではないといわれている。事実、このQWERTY配列は、旧式のタイプライターではあまり速くキーを打つと、文字を打ちつけるアームが絡まるという問題があったので、逆に指の動きを遅くするために考案されたものであった。

当時、こうした技術的状況にあったので、この非効率な配列をもつキーボードは、経営戦略上、決して不利な商品ではなかった。

しかし、やがてタイプライターが電動化され、アームが絡まるという問題が解消されると、より効率的な配列を備えたキーボードに取って代わられる可能性が生じた。しかし、歴史的には、それ以後もこの配列は変わることはなかった。

こうして、必ずしも効率的ではないキーボードの配列が歴史的にまったく偶然に採用され、いつのまにかその配列はロック・インされ、デファクト・スタンダード、つまり事実上の業界標準あるいは世界標準となっていったのである〉

組織が合理的に失敗する

これと同様の現象が、ガダルカナル戦で日本軍が銃剣で突撃する白兵戦を繰り返すという形で現れた。

〈白兵戦術は日本のような物的資源の少ない国の軍隊に適合し、この戦術を推進すればするほど日本陸軍は効率的に資源を蓄積しえたからである。また、満州事変、日中戦争、香港攻略作戦、シンガポール攻略作戦、そしてビルマ攻略作戦では、この夜襲による白兵突撃戦術はある程度効果的だったからである。

このように、日本陸軍は白兵突撃戦術に完全にロック・インされ、陸軍では白兵戦術はデファクト・スタンダードとなっていたのである。