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オリンピック 国際・外交

パリとロス、二つの五輪が一気に決まった「哀しき裏事情」

「五輪特需」の時代はとっくに終わった
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2大会同時決定は「異例ずくめ」

「この歴史的な2大会(の開催地)同時決定は、ウィン、ウィン、ウィンの状況だ」

「今後11年間の安定を保証できたことは大きい」

国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長は9月13日、ペルーのリマで開いた総会で、2024年夏季五輪の開催都市をパリ、2028年をロサンゼルスとすることを正式に発表した。

五輪の開催都市は、原則として、7年前のIOC総会で決めることになっている。今回の2大会の同時決定は、1924年のパリ開催と28年のアムステルダム開催を決めたローザンヌ総会(1921年)以来、実に96年ぶりのことだ。招致に成功したパリとロサンゼルスの開催回数はいずれも、ロンドンと並んで最多の3度を数えることになる。

ペルー・リマでのIOC総会異例づくめの二大会同時決定が正式発表されたリマ総会 photo by gettyimages

異例ずくめの開催都市選出の背景にあるのは、開催費用の膨張に伴う重い財政負担を嫌う市民の反発だ。2024年大会の招致に名乗りをあげていたハンブルク、ローマ、ブダペストの3都市は、2015年11月から2016年2月にかけて、相次いで招致を断念していた。

こうした状況を放置すれば、2028年大会の開催地として立候補する都市が出てこないのではないかとの懸念が、バッハ会長をつき動かした。2024年の開催候補として残っていたパリとロサンゼルスをあえてふるい落とさず、この2都市を24年と28年の開催地にふり分ける苦肉の策を採り、今後11年分の開催地をなんとか確保したのである。

こうした対応からあらためて想起されるのが、1984年のロサンゼルス大会が導入した「商業主義・五輪」だ。当時懸念されていた開催地不足を解消し、最近までの五輪の隆盛の呼び水になった、資金面での大会運営手法である。

しかし、そのポイントは誤解されがちだ。商業主義・五輪の手法をいましっかりと見つめ直しておくことは、今後の五輪のあり方の羅針盤になるだけではない。立候補時より開催費が膨張し、費用分担をめぐる議論がくすぶり続ける2020年の東京大会の運営にも役立つのではないだろうか。

 
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