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週刊現代

『高円寺純情商店街』から30年、変わらぬこの町の人情

ふっと、いつでも帰りたくなる

一世を風靡した『高円寺純情商店街』から30年。子ども世代は高円寺をどんな町として見ているのか、平成初期から始まる商店街を中心とした人情物語『むーさんの自転車』。著者のねじめ正一さんにこの作品の読みどころをインタビューしました。

昭和のハンサムに憧れた僕

―ご自身の幼少期の体験をもとにした直木賞受賞作『高円寺純情商店街』を発表されてから約30年、今回は平成初期の高円寺商店街から物語は始まります。

『高円寺純情商店街』は、昭和の真っただ中、少年だった私の眼から見た父や母、商店街に暮らす人々の有り様を描いた物語です。

この『むーさんの自転車』も高円寺で生まれ育った正雄という少年が主人公ですが、物語の始まりは平成元年。正雄は高校1年生という設定で僕の息子と同世代なんです。

この平成版を書いたのは、息子世代から見た高円寺を描いておきたいという気持ちが強くあったからです。

 

―和菓子屋の一人息子の正雄は、店に米の配達にくる米屋の武藤さん、通称“むーさん”に憧れます。二人を中心に物語が展開していきます。

むーさんにはモデルになった人がいます。私が子供の頃に出会った人で、そのむーさんは大人にも子供にも、ヤクザにだってタメ口で話すような豪快さがあった。

話も面白くて、ケンカは強いし、野球をやればビュンビュン速い球を投げてくる。文化的な素養もあって、ジャズとかも大好き。配達用のがっちりした黒い自転車でジャズ喫茶に乗りつけるような人でした(笑)。

子供心にも、カッコイイと感じていた、あのむーさんが、正雄のような平成に生きる少年と結び付きがあったらどうなるのだろう、と考えて物語を構想しました。

―正雄の実家の和菓子屋は、父親の借金が原因で倒産し、一家離散。正雄は高校を中退し、高円寺を離れて、むーさんと長野に移り住むことになります。

決心をして移住したものの、東京で生まれ育った正雄は、長野の気候や風土になかなか慣れることができないんですね。むーさんの母の和子さんに「東京からの転校生はモテるのよ」とけしかけられても、その気になれずに、生活も上手くいかない。

結局、正月からの3ヵ月、長野に春の兆しが感じられるまで、正雄はむーさんとほとんど家に閉じ籠もってしまいます。

かつての「むーさん」のように…

―そんな正雄を励ましたのがむーさんが愛した小林一茶の俳句でした。むーさんは一茶と同郷なんですよね。

一茶は、僕自身、大好きなんです。一茶の句に共感して励まされて生きてきました。一茶の句は一般的にわかりやすいとされていますが、僕はそうは思っていません。実は、強いメッセージがある俳句です。一茶の句に引っぱられながら物語が展開する小説を書きたいと思っていました。

冬籠もり中も、こたつに入りながらむーさんは、「一茶も雪が嫌いだったんだ」と雪の句を読み上げてみたり、一茶記念館に正雄を誘い出してみたりします。そして一茶の句は、折に触れて、正雄を励ましていくようになります。