強制捜査後、上九一色村の教団本部で警戒に当たる機動隊員(Photo by Getty Images)
警察 公安 インテリジェンス

【初公開】オウム最高幹部から公安デカへの手紙「ありがとう…」

ある公安警察官の遺言 第10回
極左過激派やオウム真理教事件など、昭和から平成にかけて日本を揺るがせた大事件の「裏側」で活動してきた公安捜査官・古川原一彦。その古川原が死の直前に明かした、公安警察の内幕やルール無視の大胆な捜査手法から、激動の時代に生きたひとりの捜査官の生きざまに迫ります。古川原と交流を持ち、警察やインテリジェンスの世界を取材し続けてきた作家・竹内明氏が知られざる公安警察の実像に迫る連続ルポ、第10回。今回はメディア初公開となるオウム最高幹部・早川紀代秀の手紙も掲載します。

※前回までの内容はこちらから。

人生の全てをぶつける取り調べ

地下鉄サリン事件から1ヵ月、オウム真理教最高幹部でありナンバー2と目されていた早川紀代秀の取り調べを始めた警視庁公安部の古川原一彦。その取り調べの最終日、「まっとうな人間になれよ」と語りかけると、早川のすすり泣くような声が古川原の耳に届いた。取り調べ引き継ぐ若い検事に、古川原は囁いた。

「落ちるかもしれませんよ」

 

そして、古川原は午後7時頃、帳場(捜査本部)の捜査員を引き連れ、「打ち上げ」と称して酒を飲みに行った。

実は、早川はこの後、B4版の紙4枚の上申書を提出している。ここにその一部を紹介したい。

(写真)早川が書いた上申書の現物古川原が保管していたB4用紙4枚にわたる早川の上申書の現物(撮影:竹内明)

<私の現在の心境  麻布警察署留置十八番 早川紀代秀

私は平成七年四月二十日、建造物侵入の罪により逮捕されてから今日まで約四十日間、警察や検察での厳しい取調べを受けてきました。最初は黙秘しようと思っていましたが、取調べを受けていく中で、取調べに当たっておられる刑事さんや検事さんが、今まで、私が考えていたような、事実を捻じ曲げたり、ただ罪を作るというような人々ではなく、公正に事実を見、また、私のことを考えてくださっていることがわかってきたことから、私は徐々にではありましたが、私の関係したことを話してきました。

そして五月十六日には、古川原警部より、真人間になれ、と悟され(原文ママ)、私にとってはただひとつのよりどころであったオウム真理教を脱会しました。脱会後は気持ちの整理がつき、今まで言えなかったことも話すことができました。(中略)私からお礼を言うのはおかしいとは思いますが、古川原警部、大野警部補はじめ、塩崎警部補、内山刑事、高野刑事どうもありがとうございました。

平成七年五月二十二日午後十一時四十五分記
早川紀代秀    取り調べ班の皆様へ>

(写真)早川の上申書3枚目ところどころ訂正しながらペンで書き綴った上申書(撮影:竹内明)
(写真)早川の上申書。「真人間」の字が見える坦々とした筆致。「真人間」の字が見える(撮影:竹内明)

検事から古川原の携帯電話に連絡があったのは、夜中のことだった。古川原たちは宴もたけなわ、皆すっかり出来上がっていた。

「古川原さん。早川が坂本弁護士事件への関与を認め始めています。このまま落ちそうです。古川原さんが調べて自白調書を取っても構いません。どうしますか?」

「いえ、結構です。あとは捜査一課に任せたいと思います。誰が落としても同じですから」

古川原は若い検事の心遣いに礼を言い、取り調べ交代を遠慮した。酒を飲んで取り調べをするわけにはいかなかった。

翌23日、捜査一課を代表する名刑事・小山金七が、地下鉄サリン事件の殺人および殺人未遂容疑で早川を再逮捕(起訴は殺人予備罪)した。早川は素直に取り調べに応じ、教団が引き起こした重大事件の解明に貢献するようになった。