地下鉄サリン事件後、車内を除染する自衛隊員たち(Photo by Getty Images)
警察 公安 インテリジェンス

「生放送じゃねえか!」オウム最高幹部と公安はみ出しデカの対決

ある公安警察官の遺言 第9回
極左過激派やオウム真理教事件など、昭和から平成にかけて日本を揺るがせた大事件の「裏側」で活動してきた公安捜査官・古川原一彦。その古川原が死の直前に明かした、公安警察の内幕やルール無視の大胆な捜査手法から、激動の時代に生きたひとりの捜査官の生きざまに迫ります。長年、古川原と交流を持ち、警察やインテリジェンスの世界を取材し続けてきた作家・竹内明氏が知られざる公安警察の実像に迫る連続ルポ、第9回(前回までの内容はこちら)。

地下鉄サリン事件から1ヵ月目のテレビ局で

公安部の名物捜査官・古川原一彦が生前、大事に保管していた一通の手紙がある。所々、指印とともに訂正されているその手紙には、こう書かれている。

<古川原警部より、真人間になれと諭され、私にとっては、ただ一つのよりどころであったオウム真理教を脱会しました。どうもありがとうございました>

執筆者はオウム真理教ナンバー2の実力者と言われた早川紀代秀。取調室という密室で、古川原と早川との間で、知られざる熾烈な攻防があった。

地下鉄サリン事件からちょうど1ヵ月目、1995年4月19日のことだ。警視庁公安部公安一課調査第六係長の古川原は、東京赤坂のTBSテレビのロビーの片隅で張り込んでいた。この日、古川原は極秘の任務を負っていた。背広の内ポケットには、ある男の逮捕状を忍ばせている。

被疑者はオウム真理教建設省大臣・早川紀代秀。教団の最高実力者の一人だ。罪名は建造物侵入、都内のマンションの地下駐車場の他人のスペースに車を止めたという微罪だった。

 

早川の行方を警視庁公安部は掴んでいなかった。古川原はTBSの番組に早川が生出演するとの情報を得て、ここで待っていたのだ。その場で逮捕状を執行するつもりだったのだが、早川は一向に姿を現さない。

夜になり、古川原は諦めて、公安一課に戻った。しかし深夜11時、テレビ画面を見て驚愕した。早川がたった今まで自分が居たTBSの夜のニュース番組に生出演していたからだ。

「どうなっているんだ。生放送に出ているじゃねえか!」古川原は飛び上がった。

「富士宮(オウム真理教富士山総本部)からの生中継です。山梨県警が現場に急行しているそうです」

古川原は午後11時過ぎ、捜査車両に乗って警視庁本部を飛び出した。山梨県警は古川原が到着する前の、20日午前零時過ぎ、富士山総本部に踏み込んで、早川を緊急執行によって逮捕した。その様子は全国に生中継された。

古川原が富士宮警察に入ると、赤紫の宗教服を着た早川が座っていた。眼光鋭い男だった。身柄を引き取り、捜査車両に早川を乗せた。

逮捕された早川テレビ局での収録直後に逮捕された早川紀代秀(写真提供:朝日新聞社)

「警視庁の車の隊列を、マスコミの車がついてきた。途中、マスコミの追跡をまくために何度も、路側帯に車を止めて先に行かせた」(古川原)