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野球 ライフ +α文庫

伊藤智仁、盛田幸妃…「伝説の投手」7人の人生

忘れられない男たちがいる

伝説の投手、国民的スター

伝説の投手――。

野球ファンなら世代ごとに思い入れがある名前があるだろう。戦前なら沢村栄治、スタルヒン、戦後も昭和ならば、金田正一、稲尾和久、村山実、江夏豊、平成ならば、野茂英雄、松坂大輔、田中将大あたりか。

年号が昭和から平成に移る頃に成人したアラフィフ世代の私にも、その姿が強烈に脳裏に焼き付いている、伝説の投手がいる。

あの名将野村克也をして「ワシが見てきた中で歴代ナンバーワンのピッチャー」と言わしめ、名捕手古田敦也でさえ「これまで受けた中、見た中で1番です」と断言する。

また当時、各球団のスコアラーの報告が、「彼のスライダーは打てません」だったという逸話があるほどのピッチャーとは誰なのか。 40代以上のプロ野球ファンならすぐにおわかりであろう。

“高速スライダー”という言葉を生み出すほどの切れ味抜群のスライダーと速球を武器に、1993年彗星のごとくデビューした、ヤクルトの伊藤智仁である。

伊藤智仁

現在、ヤクルト一軍ピッチングコーチを務める伊藤智仁は、1992年、三菱自動車京都からヤクルトのドラフト1位指名を受け入団。

ルーキーイヤーの1993年4月20日、先発で初登板し7回2失点10奪三振で勝利投手となる。ここから破竹の勢いで、プロ野球界に旋風を巻き起こす。

特に6月は、今後のプロ野球界では二度と生まれることがないであろう不滅の記録を打ち立て、プロ野球ファンばかりでなく日本中が“ヤクルトの伊藤智仁”の話題で持ち切りとなる。

延長戦2試合を含む5試合に先発し、3勝1敗3完封、防御率0.3629、奪三振59で月間MVP。

ルーキーが5試合に先発しわずか3失点というのもすごいが、投球回数49回3分の2と投球数694というのがすさまじい。

1試合あたりの投球回数が9回を超え、平均投球数は138球になる。5月下旬の横浜戦ではなんと193球と投げているのだ。“肩は消耗品”が前提の近代野球では絶対に考えられない球数だ。

「投げろと言われれば先発完投が当たり前だったし、僕だけじゃなくて他のピッチャーもそうでしたよ。スライダーにしても三振を取りたくて投げたわけじゃありません。ゴロを打たせたかったんですが、みんなが空振りするもので……。デビューイヤーはまだ身体もできてなかったし、ピッチングの完成度としてはまだまだです」

 

先発投手として防御率0点台の記録を作っても、調子は万全でなかったと平然と言う。完璧な状態だったら、どのほどの記録を作ったのだろうか。

この頃、まだテレビの人気番組の視聴率が20%を越す時代、伊藤が投げる試合の中継は軽く20%を超えた。今に思えば、伊藤智仁ひとりで数字が取れる国民的スターだったのだ。とにかく、伊藤の代名詞とも言える高速スライダーを武器にセ・リーグの強打者をなで切った。