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面前DVという「新しい虐待」が子供に与える深刻な影響

世代間連鎖を防ぐ子育て論(6)

「密着」と「愛着」との大きな違い

親子は、基本的に父・母・子の三者で形成される関係です。そのなかで、母と子の2者関係は、出発点が新生児期の絶対的依存関係であることから、そもそも距離の取り方が非常に困難なのです。

本連載でも何度も述べてきましたが、力関係において勝る親のほうが子どもとの関係(距離)を決定してしまいます。

「虐待」という言葉が誕生したのは、親の側に責任があり、子どもには責任がないということを明らかにするためでした。

それを「親離れ・子離れ」という言い方で、親子が五分五分であるようにとらえるのは誤解です。思春期以降ならまだしも、義務教育までの子どもには当てはまりません。

 

子どもと距離を取る主体は親(母)であること、そして密着する主体も母であることを忘れてはならないでしょう。

そう、「母子密着」は母から仕掛けられたものなのです。子どもにその一端の責任を求めるのは酷というものです。母子だけの閉鎖された関係は、母親の独裁を生み、危険なものと化すのです。

「密着」という言葉は、使いやすいものの、実際はとても粗雑な言葉です。ここで、近年子どもの発達におけるキーワードとされている言葉を紹介しましょう。

幼い子どもが人として成長・発達するためには、養育者(母親とは限らない)への「アタッチメント」が不可欠だと言われます。少々専門的かもしれませんが、簡単に説明しておきましょう。

アタッチメントは愛着と訳されますが、愛情と同じではありません。「子どもが不安を感じた時、養育者にくっつく(アタッチする)ことで、安全感や安心感を回復するシステム」のことを指します。

アタッチメントの主体は子どもであり、外界の不安や時には恐怖などを感じたときに特定の養育者にくっつくことで、安心感や安全感を回復させ取り戻すのです。

それを受け入れる養育者の対応を「ボンディング」といいます。あえて日本語にすれば、絆づくりといえるでしょう。

子どものアタッチメントが養育者のボンティングによって安定的に発達すると、2歳くらいから、子どもは他者や世界に対して安定的で信頼感に満ちたイメージを抱けるようになります。これがいわゆる望ましい発達の基礎となると言われています。

この2つの言葉と比べてみたとき、密着という言葉が表すものは、子ども主体というより、親の側が自分の不安を解消するために子どもを利用する「親主体」です。アタッチメントやボンディングからは程遠いことは言うまでもありません。