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映画 恋愛

あの頃の恋愛は、告白からは始まらなかった

1970年代の若者と空気【3】

1970年に中学生になった堀井憲一郎さんが映画を素材に「1970年代の若者と空気」を浮かび上がらせる集中連載(全3回)の最終回!

不思議な「おとなこども」気分

1970年代に自由こそ素晴らしいと信じていた若者の多くは生き延び、老人になっていった。

そのころだって、漠然とそういう未来を予想していなかったわけではない。

すでに大きな「大人の社会」があり、年を取り若者でなくなると、その社会に溶け込んでしまうのだろうとおもっていたはずだ。やがてほかの大人と区別できなくなってしまうのか、なんだか残念だなあ、とおもっていた。

その思念が強すぎたのだろう。

うまく綯交(ないま)ぜにならなかった。

若者であることを強く主張していた世代は、つまり自由を強く求めていた若者たちは、どうやらうまく年を取れなかったように見える。

なんだか不思議な「おとなこども」ができてしまった。しかたがなかったのだとはおもうが、いろいろと残念である。

おとなこども気分は、21世紀になって勃然と社会の表面にあらわれ、2010年代の気分の一角を担っているのではないか。

あの不思議な自由への渇望気分を考えないと、なぜ、2009年に民主党政権などというものを生み出したのかという説明ができない。

 

映画は途中から見ていた

1971年当時、映画の中学生料金は400円だった。

『明日に向って撃て!』『イージーライダー』『俺たちに明日はない』は、公開時には観ていない。しばらくしてから、二番館(いわゆる名画座)で見た(『バニシング・ポイント』はその存在は知っていたが見逃してしまい、きちんと見たのはビデオになってからである)。

ビデオが存在せず、レンタルビデオという概念さえがない時代は、古い映画がしばしば二番館、三番館で2本立て3本立てで上映され、映画好きはみんなそこへ見に行っていた。値段は一番館よりも少し安い。

また少し前のヒット作が、リバイバルという呼び方でふつうに一番館(ロードショー映画館)で公開されることもあった。こちらは正規の値段(新作と同じ値段)を取られる。

『サウンド・オブ・ミュージック』はこのころ(1971年)、リバイバルされたものを一番館で見た覚えがある(1975年にもリバイバルされて、それもまた見に行った。あの作品はよくリバイバルされて一番館で上映されていた。何度やっても人が入ったのだろう)。

いまとなればよくわからなくなっているので、少し説明しておくと、当時、映画は途中から入って途中から見る、ということをごくふつうにやっていた。

もちろんこの『明日に向って撃て!』や『サウンド・オブ・ミュージック』など、これを見ると強く決めている映画は時間を調べて、きちんと最初から見るようにしていたが、そうでない場合は、途中で入ることもふつうにあった(入れ替え制ではなかったということ)。

2本立てで『明日に向って撃て!』を見るとき、その前にやっている別のどうでもいい映画(西部悪人伝とか真昼の死闘とか)を途中から見る、ということもふつうにやっていた(西部悪人伝も真昼の死闘もいい映画だとはおもいますが)。

何というか、そういうものだったのだ。映画がものすごいペースで大量に作られていた時代の名残りである。テレビ番組を見るのに近い感覚だとおもえばいい。