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アメリカ 映画

若者がバイク旅するだけの映画『イージー・ライダー』に心震えた理由

1970年代の若者と空気【2】

1970年前後、若者たちが全世界的に体制に抗い、声を上げていたあの時代、「アメリカン・ニューシネマ」という映画群があった。代表作は『イージー・ライダー』。若者がバイクで旅するだけとも言えるこの映画、当時の若者はいったい何に熱狂したのか。

堀井憲一郎氏による特別コラム全3回を一挙公開!(第2回)

中学生の理解を越えていた…

アメリカン・ニューシネマの代表作を1つだけ挙げるとしたら、『俺たちに明日はない』でも『明日に向って撃て!』でもなく、『イージー・ライダー』になるだろう。

アメリカの大俳優ヘンリー・フォンダの息子であるピーター・フォンダと、デニス・ホッパーの映画である。二人が主演した。製作がピーター、監督がデニスである。きわめてこぢんまりと作られたというところにおいても、若者の映画であった。

ピーター・フォンダピーター・フォンダ〔PHOTO〕gettyimages

この二人、ワイアットとビリーは(いまさらながら西部劇で有名なワイアット・アープとビリー・ザ・キッドの名前と同じだと気づく)強盗ではない。ただの旅人である。

若者がバイクで旅するだけの映画である。物語というほどのお話はない。あらすじが書きにくい映画である。

 

冒頭、メキシコ(ないしはメキシコ人が多い国境付近)あたりの怪しい店で、怪しい男から麻薬を買い付けるワイアットとビリー、次いで、空港間近の場所で、それをまた怪しげな男に売る二人が描かれる。麻薬の密売である。それで大金を稼ぐ。

この間、説明がまったくない。麻薬であるというセリフもなければ(カラダに悪いぜというセリフはあるが)、いいブツだとか、取引成立だとか、そういう言葉もない。麻薬であることも明確にはされない。たしかに麻薬の取引現場はそういうものなんだろう。白い粉を鼻から入れて確認しているシーンはあるが、それしかない。

だから麻薬に関する知識のない中学生が見ると、まったく意味がわからなかった。どこを見ればいいのかさえわからなかった。そのまま、何も考えられず、大人のなにかが行われているとおもいつつ、見続けていたばかりである。

1971年の日本の中学生の理解を越えた映画だった。『明日に向って撃て!』とはずいぶん違う。

とても感覚的な映画なのだ。

全編、ロックミュージックが流れ、巨大なハーレーダビットソンにまたがって、二人はアメリカを旅していく。音楽映画のようだった。長いプロモーションビデオだと見れなくもない。

ふつうのお話に慣れている(というかそれしか知らない)中学生には、そのヒッピー感覚がわからなかった。しかたない。

麻薬取引で大金を得たらしい二人は、高そうなバイク2台に買い替え(冒頭の麻薬取引では小さいバイクに乗っていた)、腕時計を捨てて、旅に出る。腕時計を捨てたのは、中学生でも意味がわかりました。

自由だ。

もう時間にとらわれず、社会の規制も受けず、自由に旅する。そういう若者二人の姿。

それはわかりました。