格差・貧困 アメリカ

南軍旗を巡って殺し合い…日々深刻になるアメリカの「内戦状態」

もう誰にも止められない
川崎 大助 プロフィール

日本にもヒルビリーはいる

つまり、前述したFSUのメンバーによるアズベリー・パークの悲劇は、乱暴者がたまたま偶発的に起こした暴力事件ではなかった、ということだ。ナチ・ハンターが南軍旗を容認してはならない、という理論的裏付けは、ジャクソンの言葉によってすでに明確化していたからだ。

「ナチスと通じる」ものなんて、絶対的な悪に決まっている。だから許すな!――という論理が、上から下まで、穏健な良識派からFSUに至るまで「あらかじめ共有されていた」と考えていい時期がこのころだった。

 

かくして、「一切の容赦なく」旗を狩り取っていく過程で、被害者が生まれることになった。「正しい」論理が、ときに悲劇も生んだ。ウォルマートからも、米アマゾンからも南軍旗の商品は消えた。

そしてこの「正しさ」が、あの旗になんらかの愛着を持つ人々を、どんどんと追いつめていった……と書くと、こう思う人もいるかもしれない。いかに「政治的妥当性」が背後にあるからって、ちょっと「やりすぎ」なんじゃないか、とか。悪気なく南軍旗を愛好しているお年寄りもいるだろうに、それだけで「ナチ」呼ばわりするなんて、とか……。

しかしそれが「結局は同じものなのだ」と証明してしまったのが、皮肉にも、シャーロッツヴィルの白人至上主義者集団だった。デモ行進の人波のあいだには南軍旗があり、そのすぐとなりに、ハーケンクロイツ(スワスティカ)もあった。まさにそれは、悪夢のような光景だった。「旗を掲げる側」が、南軍旗とナチをこれほどまでに強く結びつけてしまった例を、僕はほかに知らない。

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だから僕は、アメリカ社会が「新しいフェーズ」に突入したと感じたのだ。連綿と続いていた「文化的南北戦争」が、もはや「文化的」なんてただし書きが不必要なほど過熱し、先鋭化し、ときには物理的にも衝突を繰り返す、という「思想的内戦状態」へとエスカレートしていった、という……。

さてところで、ここまで僕が書いてきた「南軍旗」の話から、あなたはなにか思い出さないだろうか? 南軍旗がパージされていく過程と、ほぼそっくりそのままの経緯にて、公的な空間から追い立てられようとしている「旗」が日本にもある。

言うまでもなく、それは「旭日旗」だ。南軍と同じ「敗軍の旗」だ。

旭日旗に象徴される、日本人の「負け犬性」について、次回は筆を進めたい。「日本にもヒルビリーはいる」ということの証明を、そこから始めよう。

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