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格差・貧困 アメリカ

南軍旗を巡って殺し合い…日々深刻になるアメリカの「内戦状態」

もう誰にも止められない

白人至上主義者のデモと抗議者たちによる衝突に表されているように、トランプ率いるアメリカは「文化的南北戦争」に突入した――。これを正しく理解するには、「負け犬白人」側の文化や価値観が、「良識」に追いつめられていった過程を考察しなくてはならない。川崎氏がアメリカをディープに分析する短期集中連載第2回!

【連載第1回】はこちら→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52750

そもそも暴動の発端は?

先ごろの米シャーロッツヴィルでの、白人至上主義者たちのデモと抗議者たちの衝突、あの最初のきっかけとなったのは、同市内の公園にある南北戦争時の南軍の司令官、ロバート・エドワード・リー将軍の像の撤去計画だった。これに抗議する目的で、当初右翼側のデモ隊が招集された。そこから騒ぎが始まった。

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と、「リー将軍(ジェネラル・リー)」と聞くと、いつも頭のなかに、自動的に、オレンジ色のアメリカン・マッスル・カーの像が浮かんでくる人は、ここ日本にもいるはずだ。そのクルマが、1969年型ダッジ・チャージャーだったら、僕とまったく同じだ。いや、「とあるタイプのアメリカ人」と同じ記憶を持っている、ことになる。

そんなクルマがあるからだ。「リー将軍(The General Lee)」とは、一台の有名なクルマの愛称だ。それは、日本では1980年に放送されたTV番組『爆発! デューク(The Dukes of Hazzard)』というアクション・コメディ・ドラマに登場して、一世を風靡したホット・ウィールの名だ。ある一定の年齢層より上のアメリカ人の、とくに男性の一部にとっては、永遠のあこがれの一台だと言ってもいい。

今回はこの話から、「文化的南北戦争」とも呼べる、近年のアメリカの社会情勢についての解説を試みてみたい。昨年のトランプ誕生から反転攻勢が開始されるまで、「負け犬白人」側の文化や価値観が、いかに「良識」に追いつめられていったのか、その概要を観察してみよう。

2005年の『デュークス・オブ・ハザード』でデイジー・デューク役を務めたジェシカ・シンプソンのマネキンとダッジ・チャージャー。(ニューヨーク市:Photo by gettyimages)

さて、『爆発! デューク』のクルマは、なぜ「リー将軍」と名付けられたのか? それは簡単だ。ドラマの舞台が、米南部のジョージア州だったからだ。

同州の架空の地、ハザード郡にてストーリーは繰り広げられる。悪党どもや保安官一派を向こうにまわして、威勢のいい若者が活躍するのだから、彼らが駆るパワフルな愛車には「ヒーロー」の名を冠する必要がある。

たとえば、いかに敵が強大だろうと、一切恐れずに立ち向かう、男のなかの男――といった人物像の原型を、土地柄に鑑みつつ考察してみたところ、真っ先に挙がってきた名前が「リー将軍」だったとすると、これはまったく普通のことだ。

 

そのようにして『爆発! デューク』は製作された。主人公のひとり、ボー・デュークが、ダート・ロードで土煙を上げながらリー将軍号をかっ飛ばし、カーチェイスする。そして、「イー、ハー!!」との掛け声とともに豪快にジャンプする!――そんなシーンが鮮烈な印象を残して、同番組はアメリカで大変な人気を得た。79年から85年まで、CBSにて計7シーズンが放送されたほどだ。

つまり、いま現在、人種差別主義者や極右が拠り所としている「像」と同じ名を持つクルマが活躍するドラマが、それほどまでに大流行していたわけだ。これはどういうことなのか?

白人労働者層と「デューク」

整理のために、まず、今日なぜリー将軍の像が撤去されようとしているのか、簡単にまとめてみよう。端的に言うとその像は、現在の基準では「政治的妥当性(Political Correctness)」を欠いている、と見なされるからだ。

リー将軍はたしかに南軍の英雄だ。だからいろいろな場所に像があるのだが、しかし「敗軍の将」だ。南北戦争は、南軍(南部連合、アメリカ連合国)側が、奴隷制維持を旗印のひとつとして合衆国を離脱、戦端を開いたことから始まった。

ゆえに北部人も含めた「広い目」から見れば、リー将軍も奴隷制の擁護者にほかならない。人種差別主義者にも等しい。だから「そんな人物の像」を公共の場に置いてはいけない……ざっと言うと、そんな理由から、像の撤去は進められようとしていた。

というふうに書くと、さては『爆発! デューク』とは、人種差別主義者ばかりが観て楽しむ、さぞやおぞましい内容の番組だったに違いない!――と思う人もいるかもしれないが、いや、とくにそんなことはない。これほどのヒット作を支えきれるほど、アメリカの人種差別主義者は多くない。

『デューク』は、たとえばバート・レイノルズ主演の大ヒット映画『トランザム7000(Smokey and the Bandit)』シリーズ(77年~)と同程度の保守性と男性原理の娯楽作だった、と言えば遠からずだ。

だから逆に言うと、たしかに『デューク』は都市部の高学歴層や、黒人層にはいまいち弱い番組だった、かもしれない。ではだれが……というと、ヒルビリーにもつながる「地方の白人労働者層」がファンの主力だと考えられる。なぜならば、アメリカは、その国土の大半が「田舎」だからだ

新生・ブルーバックス誕生!