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赤ちゃんに障害が見つかったある家族の決断【ルポ・出生前診断】

すべてを正直に、話します
NHKスペシャル取材班,野村 優夫

家族全員の決心

一方で、妊娠の週数が進んでいるという現実もありました。日本では、妊娠22週になると中絶は認められなくなります。

翌日、中絶の可能性も考えて予約を入れていた別の病院に、家族全員で足を運びました。もし中絶をする場合どのような処置をするのか、医師から説明を受けるためです。

赤ちゃんが大きく育ってから処置を行う場合、薬で人工的に強い陣痛を起こし、2~3日かけて産み落とすことになります。この説明を聞いていた直子さんは、過呼吸を起こし、その場に倒れ込んでしまいました。

拓也さんはあわてて、直子さんの体を抱きかかえました。

「直子は、話を聞いて体が拒否したんだと思うんです。その姿を実際に見て、僕はわかっていたつもりになっていたんですけど、赤ちゃんをあきらめるっていうのがどれだけ重大なことなんかっていうのをね、すごく考えさせられた。どれだけ大変なことなんか、簡単に決めていいようなことではないんだと改めて思ったんです

直子さんは、病院の一室のベッドに運ばれました。今後の対応を医師と話すため拓也さんが席をはずす中、直子さんのそばにずっと付き添っていたのが、拓也さんの母親の洋子さんでした。

「直ちゃんの姿を見ていて、いじらしくなってしまって。本当は産みたいんだろうなって。周囲に気を遣っていろいろ考えて、心が引き裂かれて、処置の説明を聞いていたら体がついていかなくて失神してしまった。いじらしいし、けなげやし」

「もう、私にしか言えないかなって思ったんです。直ちゃんのお母さんは、自分の娘やし、こちらの家に気兼ねしてなかなか言えないだろうし」

洋子さんは、夢うつつの状態の直子さんに、「直ちゃん。産むか?」と言葉をかけました。

「そしたら、直ちゃんが『お義母さん、ありがとう』って。『拓也さんの子ども……拓也さんの子ども……拓也さんの赤ちゃん……』って。ああ、これでよかったんだって、心から思いました」

直子さんは、かすかな意識の中、そのときかけてくれた義母の言葉を、肌の温もりとともに覚えています。

「寝ている私に駆け寄ってきて、『愛おしいよ』って言ってくれた。『大好きよ』って、言って抱きしめてくれて……。嬉しかったです」

この日、家族は全員で赤ちゃんを育てていこうと決めました。

障害に向き合って得たもの

それからの家族全員のバックアップには、目を見張るものがありました。

赤ちゃんが切迫早産になりかけて大阪の病院に入院することが決まった年末。義母の洋子さんは、足繁く病院に通いました。

一人病室にいると、直子さんの心に不安がまた押し寄せてくるかもしれません。顔を何度も見せることで、子どもが生まれてくるのを楽しみにしていること、安心して子どもを産んでもらいたいことを伝えたかったのだといいます。

義父の寛行さんも毎回和歌山から車を運転して同行しました。

母親の加代子さんは、町中でかわいらしい子ども服を見つけては、せっせと買い込んで、病室で披露していました。

夫の拓也さんは、毎朝携帯電話から「今日の変顔」と称して、おどけた自分の顔写真を送り続け、直子さんの心を和ませました。皆が、赤ちゃんの誕生を待ち望んでいました。

そして、帝王切開による出産が行われる日。赤ちゃんの誕生の瞬間を見守ろうと、早朝から家族全員が病院に集まりました。

手術が始まって15分。大きな赤ちゃんの泣き声が響きます。2714グラムの女の子でした。

家族の葛藤を乗り越え、ようやく産声をあげた小さな命との対面です。麻酔でもうろうとする意識の中で、直子さんは、赤ちゃんに向かって繰り返し繰り返し語りかけていました。

「ありがとう。ごめんね。ありがとう。ごめんね」

photo by iStock

赤ちゃんは、結衣と名付けられました。拓也さんの母親の洋子さんは、着付けの仕事をしています。出産を後押ししてくれたことへの感謝の気持ちを込めて「衣」の字を入れました。

そして、「結」の字には、赤ちゃんが生まれてくることで、家族をしっかり結びつけてくれたことへの感謝の気持ちも込めたのだと、直子さんは私たちに教えてくれました。

「母が、障害のある私を抱え、迷い悩みながらも愛情を持って育ててくれたこと。お義父さんやお義母さんが、私の障害も結衣の障害も受け入れてくれて、家族として迎えてくれたこと。拓也さんが、結衣を産むことをあきらめなかったこと、私を母親にさせてくれたこと」

「今回の経験を通じて、いかに家族が私をこれまで支えてきてくれたのか、改めて気づかされました」

そして、一日一日増していくわが子の重みを腕に感じながら、こんなことを語りました。

「結衣には、絶対に、つらいことや悲しいこと、人一倍そういう経験をさせてしまうと思います。でも、『あなたは、皆に望まれて、生まれてきたんだ。そして、私を母親として選んで生まれてきてくれて、とてもとても感謝しているんだ』ということだけは、しっかり伝えていきたいと思います」

直子さんが今、前向きでいられるのは、「子どもを産んで育ててみると、日々充実しているし、やはり子どもはかわいい」ということだけではないように思えます。

直子さんにとって大事だったのは、周囲に支えられながらも「最終的には『自分で』産むと決めた、という実感」なのではないでしょうか。

赤ちゃんに病気や障害があるとわかったとき、本当はいろいろと複雑な気持ちを抱えているのに、家族に遠慮して口に出せないでいる妊婦さんもいます。家族だからこそ、気兼ねして言えないこともたくさんあるのです。

中には、本当は産みたいのに家族に言えなかったために、赤ちゃんをあきらめたあと、うつ病になってしまう女性もいるといいます。

遺伝カウンセラーなどの力を借りながら、まずは、妊婦さんが素直に自分の心のうちを出せるような環境を作っていくことが、とても大切なのです。