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赤ちゃんに障害が見つかったある家族の決断【ルポ・出生前診断】

すべてを正直に、話します
NHKスペシャル取材班, 野村 優夫
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妊娠中に、赤ちゃんの病気や染色体異常などを調べるための「出生前診断」。2013年には母親の血液から赤ちゃんの異常を調べる新型出生前検査(NIPT)が始まり、診断を受ける人はますます増えている。では、出生前診断で異常を告げられた妊婦さんや家族は、何を考え、どう決断したのか――NHK取材班が多くの人たちと対話し、そこからみえてきた「納得のいく決断のために必要なこと」をまとめたのが『出生前診断、受けますか? 納得のいく「決断」のためにできること』だ。本書に登場するひと組の家族の物語を特別公開する。

障害のある子を持つ母の思い

和歌山県のみかん畑の山のふもとにある一軒家に、宮澤拓也さん・直子さん夫妻は暮らしています。二人とも会社員です。

直子さんの実家に、直子さんの母親の加代子さんと一緒に住んでいます。直子さんの父親は、直子さんが中学生のときに亡くなりました。車で5分ほどのところには、拓也さんの父・寛行さんと母・洋子さんも暮らしています。

直子さんには、「二分脊椎症」という病気がありました。

一般的に背骨と呼ばれている脊柱の中には、神経の束である脊髄がおさめられていますが、二分脊椎症は、生まれつき脊柱の一部が形成されずに欠けている病気です。

その欠けた部分から、脊髄が飛び出した状態になることも少なくありません。飛び出した脊髄がどのくらい損傷しているかによって、障害の程度は変わってきます。

また、脊髄の傷ついている場所が体の上部であればあるほど、その影響が及ぶ範囲は大きくなる傾向があります。

直子さんの場合、下半身が不自由で、膝から下の感覚はほとんどなく、装具をつけて足首を支えないと歩くことはできません。また、便意を感じにくいために、排便のコントロールにも苦労が多いといいます。  

2011年6月。二人は、直子さんのお腹の中に新たな命が宿っていることを知りました。当時、拓也さんは34歳、直子さんは27歳でした。

 

直子さんは妊娠がわかったときのことをこう振り返ります。

一方の拓也さん。

「付き合い始めてわりと早い段階で、直子から『私、赤ちゃんできないかもしれない』って言われました。直子は、二人の付き合いがどんどん深まっていって、あとになって知ったとき、僕がそのことをどうとらえるか、二人の関係がどうなるのか、怖かったみたいで。すごく決心して言ってくれたのがわかって。なんか愛おしかった」

「僕としては、子どもができないなら二人でやっていけばいいし、『直子とこれからも一緒にいたいな』というのがあったので、『気にしなくていいよ』って言いました。そんな気持ちで結婚も決めたので、子どもができたと聞いたときには、喜びが倍増したんです」

ところが、二人の妊娠を複雑な思いで見守っていた人がいました。直子さんの母親の加代子さんです。

もし、赤ちゃんに病気があったら、障害のある直子さんが育てることは難しいのではないかと考えていたのです。加代子さんは、夫婦に出生前診断を受けることを勧めました。

「自分が今まで直子を育ててきた中で、苦労というのかな、そういうのがあったので。生まれてきて初めて子どもの病気がわかって、ショックを受けるということは、避けてほしかった。検査をして病気がわかってもショックは受けるけれど、わからずに生まれてくるのとは、心の持ち方が違うのではないかと」

NHK取材班が「出生前診断」を受けた夫婦を丹念に取材。彼女たちは、どんな決断を下したのか(amazonはこちらから)

妊婦健診は順調だったので、当初、二人には母親の意見がピンと来なかったといいます。ただ、お腹の赤ちゃんは自分たち二人の子どもではあるけれど、生まれてきたら、直子さんが病気ということもあって、周囲の協力を得ないといけないのは事実です。

何より、直子さんを育ててきて、いちばん直子さんのことを思ってくれているのは加代子さんです。二人は話し合った結果、母親の言葉に従うことにしました。  

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