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赤ちゃんに障害が見つかったある家族の決断【ルポ・出生前診断】

すべてを正直に、話します
NHKスペシャル取材班,野村 優夫

夫婦だから言えなかったこと

重い空気が流れる診察室。拓也さんは、何も言わず、直子さんの手を握り続けていました。ここで、夫医師が動きました。

「私は、この二人だと思っています、決めるのは。夫婦でお互いに気を遣い合って声を出さないのはいけないと思います。ちゃんと話してみてください」

親たちは、「産むとしたら皆で協力しないといけないのだから、家族全員で最後まで話し合って決めないとおかしいのではないか」と難色を示しましたが、夫医師の強い勧めで、席をはずすことになりました。

夫婦二人が残った診察室。それでも、しばらく二人は手を握ったまま、何も話しません。

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10分後、看護師が拓也さんに尋ねました。「ご主人は、どう思っているの?」

一拍置いてから、拓也さんが絞り出すような声で答えました。

「僕は産んでほしい。けど、産むのはお母さんやから。それを心配しているからね」

拓也さんには、直子さんの性格がわかっていました。もし、「産んでほしい」と言ってしまったら、直子さんは自分の気持ちを抑えて産もうとするだろう。

でも、体に負担があるのも、精神的に負担があるのも、赤ちゃんのお母さんである直子さんです。一方的に「産んでくれ」と押しつける形になるのが心配で、なかなか言葉にならなかったのだといいます。

初めて拓也さんの言葉を聞いた直子さん。自然と涙があふれてきました。ところが、すぐには受け止めきることができませんでした。

「赤ちゃんを今中絶してもね、私自身、後悔しないんじゃないかと思う……。産みたいと思ってた。病気がわかるまでは、何が何でも産みたいって。主人の子が、元気な子がほしいってね。でも、同じ病気ってわかって……。この病気で27年間生活してきて……」

この日初めて、直子さんが発した言葉でした。

直子さんはそれまで、堕ろすときのことばかり考えていたそうです。ところが、拓也さんの言葉を聞いたその瞬間、心の中が大きく変わったのを感じた、とあとで振り返っています。

「『あ、産みたいな』っていう気持ちがよぎりました。本当に堕ろしたいわけはないですよね。お互い好きな人の子どもなんで。この人の本当の気持ちを聞けたので、『この人とならやっていけるかな』と思った」

「でも一方で、まだどうしても『産みたい』とまでははっきり思えなくて……。病気がわかるまではあそこまで産みたかったのに、わかった途端、こんなに心が揺れる。自分に対して、薄情と言うか、『なんという母親やろう』という思いも消せなくて……」

少し直子さんが落ち着くのを待って、夫医師が語りかけました。

「お母さんと話しますか?」

夫医師は、直子さんの母親・加代子さんを部屋に呼びました。直子さんに、自分の正直な気持ちを母親にぶつけてほしいと思ったのです。

「拓也さん、産んでほしいって、言ってくれた。産んでくれって、私によう言わなかった。二人になってね、先生が遠慮することないから言えって言ってくれて、拓也さん、正直な気持ちを言ってくれた」

少し間をおいて、小さな声で加代子さんに尋ねました。

「二人で決めていい……?」「うん?」「どっちの結論出しても、いい?」

加代子さんは、直子さんの膝にそっと自らの手を置きながら、答えました。

「かまへんで。お母ちゃんは、ええで。二人で決めたんやったら、受け入れるよ」

加代子さんは、このとき、自分の心の中が固まっていったといいます。

「私自身、あのときは状況が複雑すぎて、娘に対してどう言ってあげたらいいのか、どうしていったらいいのか、よくわからなかったんです。でも、やっぱり直子は素直に育ってくれているという自信はありました」

「立派に成長して、勤めて、いい人と巡り合えて結婚して、当たり前の生活ができている。その直子を信じたい。拓也さんと二人でしっかり話し合って決めることが大切なんだ、という気持ちが強くなっていったかな」

この晩、5時間にわたって話をした宮澤さん一家。この日は答えを出さずに、ぎりぎりまで話し合って考えることにしました。