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美術・建築

北斎の「幻の浮世絵」いつ、どこで、どう描かれた?

「折り目」で深まる浮世絵の謎

書きたいことがあっての資料

「そういった目で探すと見つかる」とはよく言ったものである。

この8月に日の目をみた『浮世絵細見』で取り上げたものの半ばは、そういった目で探し、見つけたものを集め、考察し、綴ったものだ。

私はその本の「はじめに」で、「本書は、多くの人に、浮世絵を読む楽しさを味わってほしいという思いで書いた」と書いたが、それは一面であり、白状すれば、書きたいことを書いたのである。

 

「読む楽しさ」のスタートは、これはなぜなんだろう、こういうことが解れば面白い、という、疑問と想像力である。それは、「そういうものがないだろうか」という目で資料を探すという行為に繫がる。本書の第三章「どこまでが浮世絵か」の第一節から第三節のほとんどは、そういった目で探した資料に基づいて書いたものである。

そうしたら、本書の校了間際に、今まで見たことのない葛飾北斎の特製用箋が目の前に現れた。

第三章第三節「絵半切的絵本、絵入折手本、特製用箋」に関係する、掲載図を含む6枚の用箋である。各19・6╳21・2cm。上質の奉書紙で、色紙判摺物の大きさ、簀の糸目は縦に入っている。

各図、左右中央に強い折れ跡が認められるので、二つ折りになっていたことは確実である。不思議なのは、六図中三図は紙を継いでいることで、そのうちの二図はほぼ中央で継いでいるので、継いでから図様を摺ったことになる。紙を無駄にしないための措置と考えられるが、大画面のものならともかく、売り物の錦絵でも配り物の摺物でも普通はそこまではしない。

右辺の栞形枠には、それぞれ「家立□」「立木社」「日野蕪」「多賀詣」「水口細工」「義仲寺」と記されているが、それらは不明の一点を除いて、近江(滋賀県)の名所・名産ということで統一されている。

栞形枠の下にはそれぞれ「四十二ゝ」「四十三ゝ」「四十四ゝ」「四十五点」「四十六ゝ」「五十三ゝ」とあるが、それらは点取り俳諧における点数である(点取り俳諧とは、点者(宗匠)に点をつけてもらい、その多寡を競う遊び)。

絵は、「立木社」が、立ち木の洞の社と鳥居と藤花というように、題名と関連するものが描かれている。そして、右上に、「北斎筆」の署名と「葛飾」の印、左に、墨で書かれた発句様のものが二句あり、句の肩の位置に「価千金」の長方印が捺されているという次第である。

本当に北斎の浮世絵か?

子細に観察すると、題名・点数と絵は摺ったもの(多色摺の錦絵)、「北斎筆」と「葛飾」と「価千金」は印章ということが分かる。したがって、題名・点数と絵を摺ったものに、「北斎筆」と「葛飾」の印を捺し、発句などの二句を墨で書き入れ、「価千金」の印を捺したということになる。「価千金」は点印(点数を表す印、何点に相当するかは不明)とみて間違いない。

この六枚の摺物(非売品の配り物)の正体を、推定を交えて考察すると、ある俳諧の宗匠が、自分専用の点数入り摺物に、北斎の署名・印章を捺し、清書した発句を二句書き入れて点印を捺し、門弟に与えたもの(いわゆる景品)ということになるであろうか。

私の専門外の点取り俳諧の実態はしばらく措くとして、最も興味があるのは、この摺物は、一宗匠が自分専用に作らせた特製用箋なのか、それとも半既製品(たとえば、絵だけ摺られたもの)に自身の点印と点数を加えた特製用箋なのか、ということ、そして描いたのが本当に北斎なのかということである。