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睡眠時間を削ると「オカしくなる」は本当か?

眠りをインスピレーションに利用したダリ

「夢うつつ」のダリ

サルバドール・ダリは、仮眠をとるために、肘掛け椅子に座って指の間にスプーンを挟んだまま眠ったという。すると眠りに入ったのちに脱力した指から落ちたスプーンが発するけたたましい音で目が醒め、覚醒状態に戻るのだという。

ヒト(動物)は、睡眠に入るとき、健康であれば必ず、浅いノンレム睡眠から入る。ヒトの場合、ノンレム睡眠は便宜上、4つの段階に分けられ、睡眠深度はだんだんと深くなっていく。

 

睡眠段階1と2が浅い睡眠で、3と4が深い睡眠ということになる。浅い睡眠時にはヒトは容易に目覚めることができるが、睡眠段階1は通常数分しか続かない。ダリが行っていたという右記の方法をとると、おそらく睡眠段階1から2への移行の前後で目覚めるはずだ。

こうした短時間の睡眠(=マイクロスリープ)は、睡眠不足の際にその不足を補い、認知機能をリフレッシュするためにも有効であるが、それよりも、彼はおそらく眠りに落ちるか落ちないかの境目でみられる、独特の酩酊状態のなかでインスピレーションを得るためにこうした儀式を行っていたのだろう。

サルバドール・ダリ(Photo by gettyimages)

私たちは、理論的に思考し、自分の考えや行動をきちんと管理するために、脳の前頭前皮質という部分の機能を使っているのであるが、眠りに落ちたときにまず低下するのがこの部分の機能だ。そうなると、常識にもとらわれることが少なくなってシュールレアリスムの世界に近づけるのかもしれない。

そういえばダリの作品には「眠り」をモチーフにしたものも多い。文字通り「眠り(El Somni)」と呼ばれる作品や、「大自慰者(El gran masturbador)」、「記憶の固執(La persistencia de la memoria)」にも眠りが垣間みられる。これらは、ダリが眠りを、インスピレーションを得るために使っていたことの表れではないだろうか。

ダリは「夢」をインスピレーションにしていたという言説も多い。「記憶の固執」(1931)には時計が4つ描かれており、それぞれの示す時間は異なっている。美術史家ドーン・エイズによれば、現在の記憶と過去の記憶が入り乱れる夢の時間の状態を表現しているという。つまり、明晰夢を作品にしたというのだ。

やはり前述の方法でインスピレーションを得て描いたのだろうか。

「眠っている謎」の正体

しかし、この見方には疑問がある。夢はレム睡眠中に見ているということを聞いたことがあると思う。ダリが健康な人だったとしたら、前述のダリがとっていたという方法では、ノンレム睡眠中に目覚めてしまうため、決してレム睡眠時のような夢を見ることはない。レム睡眠は入眠後90分前後を経てはじめて現れるのである。

もっとも、ダリがナルコレプシーという睡眠障害を患っているか、慢性的に重度な睡眠不足であった場合には話は異なるが……(実際には夢は浅いノンレム睡眠中にも見ていることが知られているが、ノンレム睡眠中の夢はストーリー性に乏しくシンプルなものであることが多い)。

したがって前述のように、ダリがインスピレーションとしていたのは夢ではなく、まどろんだ状態でみられる独特の酩酊状態のなかで浮かんだイメージなのではないかと考えられるのだ。