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医療・健康・食

群大病院「8人死亡」事件、執刀医の暴走はこうして起きた

問題は、組織にあった

信じられないほどの杜撰さ

3年前、ある医師からこんな言葉を聞いた。

「医療の安全性を追求していくと、倫理の問題に行き着く」

医療の世界には患者を救うため、一か八かで手術することもやむを得ないと考える雰囲気がいまも根強くある。そのなかで安全のために立ち止まり、慎重に点検する態度は弱腰に映ることがあるかもしれない。しかし挑戦するだけの十分な技量や体制、周到な準備もなく行うのであれば、それは無謀というほかない。

 

群馬大学医学部附属病院で、同じ医師が執刀した肝臓の腹腔鏡手術を受け、8人の患者が死亡していた。いずれもまだ有効性や安全性が確立されておらず、保険診療として認められていない高難度の手術である。それなのに、倫理審査もせず、患者に事実を告げることもなく、手術は行われた――。

地域住民の信頼も厚い大学病院で、にわかには信じがたいほど杜撰な医療が行われていた事実について、2014年11月、私は新聞に記事を書き始めた。だが死亡続発は腹腔鏡手術という最新医療のわくにとどまらなかった。開腹手術でも同様に無理な手術が行われていたことが次々に判明し、冒頭の医師の警句にたどり着く。

単なる技量不足ではない。倫理の問題だったのである。

取材を進めると、「穏やかでまじめ」と周囲の人々に評される執刀医の横顔が浮かんだ。その医師がなぜ暴走したのか。手術を重ねるごとに、患者の死亡例も重なっていくのをなぜ漫然とやり過ごしたのか。

執刀医は、まさに無謀なチャレンジを当然と考え、十分な技量も体制もないまま、「やるしかない」と思い込み、患者をいたずらに危険にさらしてきたのではないか。何が彼をそこに駆り立てたのか。

死亡事件は氷山の一角

疑問をとき明かしていくと、旧弊のからまる大学病院の構造に突き当たる。第一外科と第二外科の覇権争い、新しい技術をなし崩しに導入する甘さ、医療保険システムの弱点――一つの大学病院で起きた特殊な出来事といえない負の作用が様々に働き、起こるべくして起こった問題といえる。氷山の一角であるかもしれない。

第三者の調査委員会が発足したうえ、各症例の医学的検証には日本外科学会の50人を超える外科医が携わるという大がかりな調査が行われたこの事件は、医療法の改正にもつながる改革のきっかけになった。昨年7月に調査報告書が公表された後、病院側の遺族への説明や示談交渉、遺族と執刀医らの話し合いがいまも続く。

ある外科医は言った。

「外科医なら、自分の技術がどれくらいあるか試したいというのは、誰でもある。どこまでチャレンジが許されるのか、そこに、それぞれの外科医の人間性が問われている」と。

外科診療の安全性を向上させるには、医療現場に意識変革が必要である。そのことが今、広く認識されつつある。