筆者の撮ったリトルダマスカス
国際・外交 トルコ

丸山ゴンザレス、シリア難民の街「リトル・ダマスカス」を歩く

クレイジージャーニー裏日記

シリア難民を追いかけてギリシャからドイツを旅したのは、2015年のことだった。あれから2年が経ち、世界情勢は大きく変わった。が、それはいい方向への変化とは言えない。

特に、虐げられる者たちの立場は、改善されるどころか、ひどくなる一方だ。ここ数年で難民の数は急増。彼らのなかには、まったく新しい土地で生きる選択を迫られる者たちもいる。

なかでもシリア難民は、欧州に渡った人々には注目が集まる一方で、欧州に渡らず、中東に留まった人たちの生活については、あまりスポットが当たることはなかった。そこで、今回はトルコのシリア難民居住区「リトル・ダマスカス」についてレポートしたい。

記憶にある風景

シリアは、国の北側がトルコと接している。そんな地理的な条件から、シリアで難民となった人々が流入しやすい国だ。実際、200万人以上がトルコに渡ったとされているが、その難民たちの多くは、トルコを経由して、最終目的地であるドイツやイギリスにわたるケースが多かった。

2015年に行った取材で出会った難民の多くはドイツを目的地にしており、それ以外の地域で難民申請して定住しようとする難民は少数派だった。国の経済力そのものや、難民への社会保障などが好条件だったから、ドイツを目指すのは必然といえるだろう。

 

「ドイツに行きさえすれば」

取材で話を聞いたシリア人たちは、みな口を揃えてそう言っていた。彼らにとってドイツが希望の地であったのは間違いない。実際、難民の受け入れに慎重だったEU各国に対して、ドイツは寛容だった。ところが、相次ぐテロや地元住民との軋轢から、ドイツでも徐々に難民受け入れ拒否の姿勢が広がった。

英語圏ということで難民が押し寄せていたイギリスでは、国民投票でEU離脱決定。明確に受け入れを拒否した。今現在、難民たちが欧州を目指すことは困難な状況となってきている。

多くのシリア難民がドイツを目指した一方で、以前から隣国トルコに留まろうとする難民もいた。彼らが目指すのはイスタンブールである。よく間違われるのだが、トルコの首都はアンカラだ。人口400万人以上の西アジア有数の大都市ではあるが、いまひとつ日本人には馴染みが薄い。

一方のイスタンブールは、トルコ最大の都市にして経済の中心地である。歴史的にも西洋と東洋を隔てるボスポラス海峡を有するイスタンブールは、東西の交差点として多くの人達が集まってくる。そのなかにはシリア難民たちもおり、現在イスタンブールには30万人以上が滞在している。

トルコは、シリア人にとって同じイスラム教の国であり、暮らしやすさがある。反面、難民として入国したとしても(NGOなど民間レベルの支援はあるものの)、政府から特別な支援があるわけでもない。

生活のために、その地で商売を始める人たちが出てきたのは当然の流れだろう。そして、商売するなら少しでも同胞が集まっている場所でしたいと思うのは想像に難くない。日本でも新大久保に韓国人街があるように、どこにでも外国人街はある。イスタンブールでもシリア人が集まって商売する一角が生まれた。

そのエリアを「リトル・ダマスカス」という。

今年5月ごろ、私はヨーロッパ取材から帰路に就く途中でトルコ最大の都市イスタンブールに立ち寄った。リトルダマスカスを自分の目で見るためだ。