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中国 近代史

習近平が描く中国の夢…自信過剰な態度の裏に隠れた「不都合な真実」

日本が見落としている中国【後編】

反中意識にもとづく中国崩壊論や中国脅威論ではなく、私たちが理性的に中国を理解するにはどうしたらよいか。前編に続き、気鋭の研究者がものした力作『対立と共存の日中関係史』より、その洞察に耳を傾けてみよう。

前編はこちら gendai.ismedia.jp/articles/-/52722

 

中国の夢――中華ナショナリズムの復興

日本に対して強硬な姿勢で臨んでいるかのようにみえる習近平総書記は、既述したような中国の光と影を背負いつつ、政権を運営している(gendai.ismedia.jp/articles/-/52722)。

この難題に立ち向かっている習総書記が現在前面に押し出しているスローガンが、中国の夢である。

総書記就任後の2012年11月29日、習総書記は、国家博物館の「復興の道」展を参観した際に、次のような重要談話を発表した。

〈誰しも理想や追い求めるもの、そして自らの夢がある。現在みなが中国の夢について語っている。私は中華民族の偉大な復興の実現が、近代以降の中華民族の最も偉大な夢だと思う。この夢には数世代の中国人の宿願が凝集され、中華民族と中国人民全体の利益が具体的に現れている。

この夢の実現は、中華民族一人一人が共通して待ち望んでいるところである。歴史が伝えているように、各個人の前途命運は国家と民族の前途命運と密接につながっている。国家が良くなり民族が良くなって初めてみなが良くなれる。

中華民族の偉大な復興は光栄かつ極めて困難な事業であり、各代の中国人が共に努力しなければならないことである(『人民網』〔日本語版〕2012年11月30日)。〉

中華民族の偉大な復興を強調することは、まさに中国の団結と統一に躍起になっていることを表している。2013年3月17日に全国人民代表大会でおこなった演説でも、次のように述べている。

〈小康社会を全面的に完成させ、富強、民主、文明、調和の近代的社会主義国家を築くという努力目標を実現し、中華民族の偉大な復興という中国の夢を実現するためには、国家の富強、民族の振興、人民の幸福を実現しなければならない。〉

習近平時代において、中国の夢は重要なキーワードとなっている。ここには「復興」という「もともとあったものを取り戻す」という意味以上に、「世界文明の中心に復帰して、それを主導する」という積極的な決意も込められている。

中国共産党系のポータルサイト『中国共産党新聞網』には中国の夢に関するキャンペーン論文が多数掲載されているが、そのうちの一つで、キャンペーンでも盛んに引用された公茂虹「中国の夢――現代世界における中国の新イメージ」(2013年7月3日)には、次のような一節がある。

〈世界文明史からみれば、中国の夢は、華夏文明が世界文明の中心から転落し、西洋現代文明が世界を導くという潮流のなかから興った。今や、西洋現代文明の光芒に暗い陰りがあらわれ、中華文明の世界的価値が再び大いに花開こうとしている。(中略)中国の発展が世界に与える影響からみれば、世界は、中華の知慧で満たされ、中華の温かさを帯び、世界の発展を推進するような中国の夢を渇望している。〉

確かに、このような中国の夢は、自信過剰の表れともみなせる。

とりわけ日本では、1972年の日中の国交正常化以来、日中関係が最も冷え切っているだけに、中国の夢は好意的にうけとめられていないどころか、話題にすらのぼっていない。

しかし、考えなければならない問題は、ここで中国に対する思考を停止してしまうことである。

たとえば、共産党は、権威を低下させつつあるにもかかわらず、光と影で覆われている広大な中国をどうにか切り盛りし、経済と社会を発展させてきた。もしかしたらそこには、19世紀から20世紀にかけて世界基準となってきた西洋文明とは違う、21世紀に相応しい新たな中国モデルが潜んでいるのかもしれない。

それが存在するのかどうかは不明だが、このような柔軟な発想は絶えず残しておかなければならないだろう。