「働き方改革」という言葉をよく聞くようになった。私も当初から強い関心を寄せていて、単なる「早く帰りましょう」キャンペーンで終わってほしくない。もう一歩踏み込んで言えば、この改革を「組織から個人を解放するための運動にまで発展させなければならない」と思っている。

個人に酷なことも多かった日本の組織だが、一方で、個人を矢面に立てずに守ってきた側面もある。我を主張せずに組織に埋没するのは、それはそれで心地よい生き方でもあったのだろう。だが、それが組織の非効率を生んできた。働き方改革は、そのような日本の組織と個人のあり方を変える、またとない契機だと思う。

 

財務省は「家族的」な組織だった

私が社会に出て最初に所属した「財務省」という組織は、驚くほど「家族的」だった。入省してすぐに、私はその洗礼を受けることになる。

4月、緊張した面持ちで配属先に案内された私の前で、財務省の先輩方は、新人にかまう余裕がないくらい忙しそうだった。

「あー、猫の手も借りたいくらいだ。そうだ、そこの1年生、この資料を主計局に持ってって。大事な資料だから」と、突然、課長から資料を手渡された私は、廊下で新聞記者に呼び止められる。

「財務省の1年生にインタビューをしている。彼らの意気込みを聞きたい」という記者の熱意に、少し面映ゆい表情で応じていると、記者が私の手の中にある書類に興味を示した。どうしてもそれを読ませてほしいという。

「いや、これは……」と尻込みする私の手もとから、資料を力づくで奪った記者は、その内容に目を通すと顔色を変えて、廊下を走り去っていった。

どうしよう……これはヤバいことが起きてしまったのではないか……慌てた私は、自分の所属課に帰って1年上の先輩に一生懸命に説明をした。が、多忙な先輩はまったく取り合ってくれない。

そこに、課長席の電話が鳴る。「な、なに?!」、課長の顔色が変わり、「1年生、来い!」と机に呼ばれた。聞けば、なんとあのとき渡された資料は「超機密」で、それが記者の手に渡って夕刊のトップに踊るらしい。

土下座してでもそれを止めさせろ、そうじゃなきゃわかってるだろうな?と課長にすごまれ、記者が待つという霞が関クラブの一室に向かった。涙をこらえていたけど、もうしゃくりあげたい気持ちでいっぱいだった。

個室のドアを緊張しながら開けると、「財務省へ、ようこそ!」という声が聞こえた。そこは新入生歓迎の席となっており、それまでのてんやわんやは、課をあげて1年生を歓迎するための「エイプリル・フール」だったのだ。