オウム真理教施設前に立つ機動隊員(Photo by Getty Images)
警察 公安 インテリジェンス

オウム事件で喫した痛恨のミス…いま明かす公安「尾行のイロハ」

ある公安警察官の遺言 第7回
極左過激派やオウム真理教事件など、昭和から平成にかけて日本を揺るがせた大事件の「裏側」で活動してきた公安捜査官・古川原一彦。その古川原が死の直前に明かした、公安警察の内幕やルール無視の大胆な捜査手法から、激動の時代に生きたひとりの捜査官の生きざまに迫ります。長年、古川原と交流を持ち、警察やインテリジェンスの世界を取材し続けてきた作家・竹内明氏が知られざる公安警察の実像に迫る連続ルポ、第7回(前回までの内容はこちら)。

公安捜査官が明かした「尾行のイロハ」

公安部が得意とするのは徹底した「行確」(コウカク)である。

捜査対象を24時間、監視下において、行動や人脈を丸裸にして行く作業だ。この行確は張り込みと尾行によって行われる。この連載の主人公である警視庁公安部公安一課古川原一彦は、連続企業爆破事件の捜査で、佐々木規夫を尾行した。その結果、東アジア反日武装戦線の共犯者達を割り出す手柄をあげた。その後、中核、黒ヘルといった極左活動家たちとの戦いの中で、尾行技術を研ぎ澄ましていった。

 

古川原は生前、筆者にこう語った。

「いいか、尾行ってのは、メリハリなんだ。人気のないところでは、いったん脱尾(尾行中断)して、先回りする勇気も必要だ。人混みに入ったら、一気に距離を詰めて一歩半後ろにつける。尾行を警戒する者は、だいたい10メートル以上後ろを気にする。捜査員が真後ろにいるとは思わない。ウラをかくのが大事なんだ」

脱尾と直近尾行。これぞ、古川原の真骨頂であった。だが、その尾行のプロも大きな失敗をおかしていた。

これは古川原が生前、筆者に明かした屈辱の記録だ。

その出来事は1996年2月に起きた。地下鉄サリン事件の翌年、全国の公安警察がオウム逃亡犯を草の根を分けて探していた時期のことだ。古川原もまた、公安一課調査第六の係長、警部として30人ほどの部下を率いて、オウム真理教事件の捜査に投入されていた。

当時、公安部でとくに重要視されていた逃亡犯がいた。平田信である。平田は高校時代にインターハイで入賞したこともある射撃の名手で、警察庁長官狙撃事件の容疑者候補の一人であった。

ある日、部下の一人が古川原にこんな極秘情報を上げてきた。

中村琴美(仮名)が友人宅にカネを取りに来る