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チェ・ゲバラは英雄じゃなかった? 終焉の地ボリビアで見た真実

騒いでいるのは外国人だけだった

『テンペスト』『シャングリ・ラ』『風車祭(カジマヤー)』の作家・池上永一が20年の歳月をかけて完成させた新作『ヒストリア』が話題になっている。本作は第二次世界大戦中、沖縄戦で家族すべてを失い、沖縄からボリビアに渡った女性の波乱の一代記だ。

刊行を記念して、ボリビア取材記を特別に寄稿していただいた。ゲバラの足跡を追いかけていった池上氏が、現地で思い知った「英雄」の意外な真実とは?

 

南米ボリビアでゲバラの足跡を追う

私がボリビアを訪れたのは2015年の5月のことで、南半球ではスールと呼ばれる季節風が吹き始める秋の終わりだった。

今回の作品『ヒストリア』は時代背景が冷戦期のボリビアである。そこで当時ボリビアにいた歴史的人物を探っているうちに、チェ・ゲバラの存在にぶちあたった。

一般にチェ・ゲバラは時代のカリスマとして日本人に受け止められている。それは彼の見目麗しい姿と、ゲリラに似つかわしくない医師という経歴、そしてキューバ革命を成功させたカストロの腹心というイメージからだ。そしてもうひとつ、志半ばにして夭折した悲劇性というのも忘れてはならない。チェ・ゲバラは坂本龍馬を彷彿させるスター性がある。

まずボリビアという国を簡単に説明しておこう。

ボリビアは南米大陸のほぼ中央にある内陸国で、5ヵ国と国境を接する。隣国ブラジルがあまりにも巨大なのでボリビアは小さいと錯覚してしまうが、実は日本の3倍の面積がある。アンデス山脈をイメージする人がいるかもしれないが、それは半分だけ正しい。ボリビアは日本列島とほぼ同じ面積の低地もあるからだ。

ボリビアはアンデス山脈の6000メートル級の高山と、標高400メートル程度の広大な低地のふたつの顔を持つ。そのうちボリビアの歴史の主体となるのは、ラパスやスクレなど政治的な都市を持つ、高山側にある。

ゲバラ最後の夜ゲバラが処刑される前の最後の夜を過ごしたボリビアのラ・イゲーラ村 photo by gettyimages

チェ・ゲバラの足跡を追うには、低地のサンタクルス市からアクセスする。サンタクルス市はボリビア第二の都市とされているが、事実上ボリビア最大の商業都市で、ボリビア経済のほとんどがサンタクルス市の活力に依るものである。

ボリビアにアンデスのイメージを持っていた私は、サンタクルス市で認識を覆された。見渡す限りの地平線の国。車のアクセルベタ踏みで一直線の道を飛ばしても、何時間も景色が変わらない。むしろ太陽の動きの方が速く感じてしまう。

サンタクルス郊外。見渡す限りの地平線が広がる〔撮影・筆者〕

そのサンタクルス市からチェ・ゲバラの遺体が運ばれたバジェ・グランデへと向かう。さきほどの広大な平原とは真逆に西側へとハンドルを切れば、幅750キロメートルに亘るアンデス山脈の麓へと至る。麓はアンボロ国立公園と呼ばれている熱帯雨林だ。

バジェ・グランデへと至る道のりを簡単に説明すると、アスファルトとガードレールのない日光のいろは坂だと想像してほしい。山肌のいたるところに土砂崩れの跡があり、後続車も対向車もない道をひたすらくねくねと走っていく。

標高1000メートルを越えたあたりから、視界10メートルほどの濃霧に覆われる。雲のなかに突入したのだ。だが不思議と恐怖感はない。うっかり道を外れて滑落してもおかしくない状況なのだが、途方もない光景に私がすっかり畏怖してしまっているからだ。まるで冥界へと続くような曖昧模糊とした視界は、三途の川を渡っている気分である。