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発達障害の息子と「共依存」し、ストレスで自分の髪を抜く母親の告白

育てられない母親たち【3】
石井 光太 プロフィール

「息子が成長すると、さらなる問題が出てきました。後に重度のADHDと診断されるのですが、多動の傾向があまりにひどかったんです。歩けるようになると、私が寝ている間にどこかへ行ってしまう。手に負えない状態で、私の精神状態はどんどん悪化していきました」

景子がストレスから頭髪を抜きはじめたのはこの頃だった。髪はあっという間になくなり、落ち武者のようになった。体重は30キロ台にまで落ち込み、3日も4日も眠ることができない。睡眠薬でようやくうウトウトすると、今度は息子がどこかへ行ってしまい、警察から連絡が入る。

そんな中、景子は再び妊娠をする。もうこれ以上子供は育てられない。彼女は中絶を決断。そして市の子育て支援センターへ駈け込んで助けを求めた。

「もう夫と暮らせません。DVに耐えられないし、子育てもできない。助けてください!」

 

1回目は「もう少しがんばって」と支援を断られたが、もう一度行って「お金がなくてご飯も食べられない」と訴えたところ、ようやく保護してもらった。景子は長男とともに母子生活支援施設(旧・母子寮)に入居することになったのである。

人里離れたところに建つアパートのような施設にいたのは3年間だった。ここで生活保護を申請し、職員に手助けしてもらいながら母子での生活を送るのだ。小学校へ上がっていた息子は改めてADHDの診断を受け、そうした子供に対する対処法を教えられる。だが、景子は精神疾患が治らないまま、「市営住宅に当選した」という理由だけで施設を出されることになった。

息子に家を乗っ取られる

市営住宅での親子2人での生活が幕を開けた。小6の息子は地元の小学校に転校したが、大きくなってADHDの傾向が強まっていた。外出する度に見知らぬ土地まで行ってしまって帰ってこられなくなったり、人とケンカして学校から呼び出されたりするようになったのだ。

やがて息子は学校で人間関係が築けず、自宅に引きこもりをはじめた。そしてストレスからさらに異常な言動をするようになる。手当たり次第に家具を壊す、景子に飛びかかる、「何も食べない」といって絶食をする……。

景子は語る。

「母子生活支援施設にいた頃から、こうした行動はありました。息子は小4で措置入院させられていますし、私が精神を病んだ時はレスパイト入院(介護者を休めませるための一時的な入院)されています。けど、小6になって体も大きくなり、余計にストレスを爆発させるようになったのです。私が咎めれば、殴りかかってくるような始末。対応している私の方がおかしくなって、またどんどん髪を抜くようになりました」

中学に上がってから、息子の暴言や暴れ癖は余計にひどくなった。そんな時、景子は家から逃げ出して何日も外で外泊した。漫画喫茶やファミレスを転々として息子がおとなしくなるまで待つのだ。家を乗っ取られたも同然である。

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景子はそんな息子を家から追い出したいと考えている。もう2人で暮らすことは不可能なのだ。

「市にも相談しましたが、一時的な入院しか手段がないと言われています。一時入院では意味がありません。仕方ないので、警察署に行って息子の監視を頼みました。数日に一度電話をかけてもらい、息子を諭したり、様子を見たりしてもらっているのです。でも、これでは解決にはなりません。結局、私が倒れるか、息子が事件でも起こさないかぎり、助けてもらえないのです」

精神を病んでボロボロになった景子の姿を見れば、限界に達しているのはわかった。きっと彼女は幼少期に受けた虐待によって社会に順応できないようになり、夫のDVや息子の行動によって次第に精神疾患を悪化させていったのだろう。息子にしても、もともとADHDを抱えていた上に、精神疾患を患う母親の不適切な養育からより障害が複雑化していったに違いない。