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経済・財政 世界経済

戦時中の株価を比較すれば、日米の「圧倒的な差」が見えてくる

この差はあまりに大きかった…

前回のコラムでは、太平洋戦争に投じた戦費と当時の日本経済の基礎体力について論じた。

今回は太平洋戦争中の株式市場の動きについて解説してみたい。株式市場はまさに生き物であり、株価ほどその国の経済状況を的確に示す指標はない。太平洋戦争中の株価の動きを検証することによって、現代にも通じる多くの教訓が得られるだろう。

 

太平洋戦争中、株価は伸び続けていた

前回指摘したように、太平洋戦争は日本の経済体力を無視した戦争であり、結果として日本経済は完全に破たんしてしまった。

こうした状況から、戦争を通じて日本の株式市場は大暴落したのではないかと考えてしまいそうだが、実際はまったく逆であった。

太平洋戦争中、日本の株価は意外にも堅調に推移している。

太平洋戦争の開戦時、当時の株価指数は140前後で推移していた。上下変動がありながらも、株価はジワジワと上昇し、ピーク時には220を突破、最終的には200前後で終戦を迎えた。

言うまでもないと思うが、この株価は日本経済の実態をそのまま反映したものではない。

戦争の開始と前後して、政府は徹底的な企業統制と、公的機関などを通じた株価の買い支えを行った。こうした各種統制によって、市場では公的な売買が多数を占めるようになり、最終的には市場としての機能を事実上失ってしまった。そして、その状態のまま終戦を迎えた。

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以前、政府が株価対策として公的年金などを使ったPKO(株価維持策)を実施し、市場をゆがめると批判されたことがあったが、こうした買い支えの基本的なスキームは太平洋戦争中にでき上がったものである。

最近では、PKOという名前にはなっていないものの、日銀や公的年金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が上場会社の筆頭株主になるなど、市場にかつてないほど大量の公的資金が入り込んでいる。そう考えると、市場の価格形成機能はかなり弱体化している可能性がある。

太平洋戦争中の株価推移は、市場に対して過度に政府が介入すると、どのような結果になるのかについて、私たちに有益な知見を提供してくれる。

またその一方で、市場というものはしぶとく、そしてしたたかであるということも教えてくれる。国家による統制によって、見かけ上は機能を失っていた当時の株式市場だが、そんな中にあっても、市場による選別機能はわずかながら働いていたのである。

当時の軍部は情報を統制し、戦局について正しい情報を国民に開示していなかった。それにもかかわらず、株式市場は現実の戦局を反映した動きを見せていた。詳しくは後述するが、盧溝橋事件やインパール作戦など、実態が伏せられていた出来事に対しても株価はおおむね正しく反応している。

1986年にスペースシャトルのチャレンジャー号が爆発事故を起こした際、事故原因が特定される前から、問題となった部品を製造していた企業の株価が下落していたのは有名な話だが、市場にはこうした機能が存在しているのだ。