映画『軍艦島』ポスターより
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「韓国映画『軍艦島』はフェイクである」を示唆する、これだけの証拠

~戦前の新聞記事を読んでみると…

当時の新聞記事にみる「内地就職」

7月26日、韓国で映画『軍艦島』が公開された。日本統治期であった1945年、長崎県端島(別名軍艦島)の炭鉱労働を背景にした映画を制作することが発表されたときから、日韓両国で話題となってきた映画だ。

話題となった原因は、映画の中に登場する朝鮮人たちがそこでどのような生活をし、どのような待遇を受けて来たのかという点について、日韓両国の見解に隔たりがあるためである。

韓国――強制連行、就職詐欺、酷使による「地獄」
日本――最新施設、高額の給与、二つの民族が共存した「普通の職場」

映画の中に登場する朝鮮人たちは強制連行により送り込まれたか、条件のいいところで仕事をさせてやるという言葉を信じて日本に渡ったのに、待っていたのは過酷な労働環境で、奴隷のような生活を強いられたと描かれている。

もっともこれは、今回の映画で初めて出された見解ではなく、韓国マスコミ、国民が以前から抱いている軍艦島に対するイメージそのものだ。

 

一方、日本人が軍艦島について抱くイメージはどうか。軍艦島といえば、当時の最先端をいく建物、施設が配置された労働現場であり、過酷な作業、危険が伴う仕事ではあるものの、朝鮮人も日本人と同じ待遇を受け、共に働いていたというのである。

戦後70年も経った今となっては、両国の主張のうちどちらが「事実」に近いと断定することは難しいのかもしれない。だが、少なくとも映画において描かれたいわゆる韓国側の主張が事実だとすれば、日本側の主張は嘘だということになり、反対に日本側の主張が事実だとすれば、そこを地獄のように語る韓国側の主張が嘘だということになる。

韓国側は主張の根拠として、軍艦島で働いていたという生存者たちの「証言」を提示している。だが「証言」だけをもって全ての状況を正確に伝えられていると断定することはできない。

なぜならば、そもそも記憶というのは可変的なものであって、場合によっては錯覚が含まれたり、感情が優先されて事実とは異なる形で再現されたりすることもあり得るからだ。

例えば、同じ経験をした仲間同士でその経験を語りあったときに、自分の記憶とは異なるストーリーに出会い、記憶を再構築し直すというのは誰にでもあることだ。

また、「一般的に知られている証言」がそこにいた人たち全員の見解を平等に余すことなく伝えているものでもないということにも注目しなければならない。例として「一般的に知られていない証言」の例を一つ紹介する。軍艦島で少年時代を過ごしたある朝鮮人の本に書かれた証言だ。

熟練労働者だった父の月給は戦時中物価が上昇した時は180円にも達した。教師や役所の職員よりも多い報酬だった。しかもお金を使おうとしても使う所がない孤立した島だったので、一定の金額を貯金することができた。

鉱夫の子供たちは学校に通うことができた。日本はその頃、普通学校を国民学校と、高等普通学校を中学校と名を変えて呼んでいた。故郷で普通学校1学年を終えたグ・ヨンチョルは国民学校2学年に編入した。40人を超える同級生の中で朝鮮人は3人だけだったが他の2人は女学生だった。

学校生活は悪くなかった。朝鮮で日本語を習ってきていたのに加え、頭の良かったグ・ヨンチョルは日本の子供たちを差し置いて最高の成績を維持することができた。性格もおだやかで、おもしろい冗談もよく言うし、運動もできたので、日本の子供たちにもよく溶け込んでいた。

(中略)

戦時体制となり全ての食糧について配給制が敷かれていた。朝鮮では聞いたこともなかったようなパイナップルやマンゴのような熱帯の果物が次々と入ってきた。毎日補給船にぎっしり載せられてくる新鮮な果物だけをみても日本が必ずや世界を支配するように思われた。

『神仏山』(2011) グ・ヨンチョル

たかが子供1人の体験談である。だが、これだけでも十分に(韓国人の立場からみれば)ショッキングな証言だ。

それでは、当時発行された新聞や雑誌に記録された朝鮮人労働者の内地(日本)就職はどのような姿だったのか? それらの記録を確認した私は、一般的な韓国の常識からは想像することも出来ないような、先祖たちの姿を発見することになった。

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