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核なき世界を望むなら、日本は核兵器禁止条約に参加してはいけない

結果的に核廃絶を遠ざける…?
佐藤 丙午 プロフィール

日本の忍耐力が問われる

北朝鮮の核開発を隣で見る韓国で、核保有論の高まりが見られるように、安全保障上の合理性があれば、汚名を着せられた兵器であっても取得に動く国がある。

軍事的に大きな価値があり、国家の権勢を象徴する兵器を、「汚名を着せられた」というだけで放棄する国はないだろう。したがって、核兵器国や核兵器保有国の認識や意識を変える努力が最重視されるべきであり、廃絶の条約の受諾を強要することではない。

このため、核兵器保有国や核抑止に依存する国の意識を戦略的に誘導できなければ、核兵器保有国にすると、条約の存在は彼らの既得権益を無条件に守る環境と解釈するだろう。

そして、日本が懸念するように、核兵器国と非核兵器国間の分断は固定化され、核廃絶どころか、NPTの影響はさらに低下し、国際社会は核軍縮を迫る手段さえも失うことにつながりかねない。日本の役割は、分断を促進することではなく、核兵器保有国と非核兵器国との間に立って、現実的な軍縮を進めることにある。

核兵器禁止条約は核軍縮と核廃絶の間の法的ギャップを埋めたが、軍縮から廃絶に至る過程を明確に規定できていない。

核兵器の軍備管理・軍縮に関係する条約や措置は、それぞれの所掌する領域の問題に対応しつつ、全体では相互補完性を持つように設計されていた。

しかし、核兵器禁止条約は、従来の条約や措置とは異なり、将来のビジョンを示す模範性の高い条約であり、これまで取り組んでこなかった核廃絶を求めるように、局面が根本的に異なるものである。

この条約に、核廃絶に向けた「王冠的」役割を求めるのは無理があり、他の条約や措置との関係を相対化する必要がある。そのためにも、日本の忍耐が重要になってくるのである。

 

抑止の信頼性が低下する恐れも

核兵器禁止条約をめぐるもう一つの重要な論点が、核兵器国の拡大抑止の下にある国の条約への参加問題である。

現在の核兵器国が核兵器禁止条約に参加しない場合、当該国は条約第1条の禁止内容を遵守する義務を負わない。その際、条約締約国が非締約国から条約で規定される項目の「援助」「奨励」「勧誘」を受けることが違法とならない場合が存在する。

この点を重視し、日本が米国(核兵器禁止条約に参加しないことが前提)の核の傘の下に留まりつつ、核兵器禁止条約に加盟することは可能との主張も見られる。

この主張は、核兵器国と同盟関係にある日本やNATO諸国等に対し、安全保障政策を変更することなく条約への参加が可能となる法的解釈を提示し、参加国を増やそうとするものである。

たとえば、締約国である自国が、非締約国から核兵器の使用の恫喝を受けている場合、締約国は同盟国である非締約国に拡大抑止の提供を求める(恫喝を行う非締約国に対して同盟国である非締約国が抑止を効かせる)ことが可能になる。

具体的には、日本国内に米国が核兵器を持ち込み、設置等しない限り、中国(非締約国である場合)からの核兵器の恫喝に対して、米国(非締約国)からの拡大抑止を受けることは、条約違反ではなくなる。

これは、いくつかの点で奇妙な内容が含まれる。

まず、上記の解釈は、非締約国同士の戦略的安定性を許容しており、それ自体核兵器の存在を前提することになる。さらに、核攻撃の攻撃系統(Kill Chain)の中で、通常の情報収集等の各種インフラと、核攻撃に関するものとを峻別はできないだろう。

そのような状況の下で、条約第1条で規定する「核兵器その他の核起爆装置」の「配置」に含まれる内容を明確にするのは困難であり、同盟国として拡大抑止にどれだけ協力するかという問題に直面する。

条約非参加国の核兵器国が提供する拡大抑止に自国の安全保障を依存する条約参加国は、条約と政策上の二つの立場に翻弄される。

特に、オバマ大統領による「核兵器なき世界」演説以降、核の拡大抑止の信頼性を確実にすることに腐心してきた日本や韓国、あるいは1970年代より拡大抑止の信頼性が重要な問題であったNATO諸国にすると、核抑止の信頼性の強化は、安全保障政策の中核に位置付けられるべきものであり、その低下を望むものではない。その状況の下で普遍的な核廃絶を求めることは、自己矛盾となる。

そして、核兵器国は、自国に核兵器の廃絶を求める条約に参加した同盟国に対して、なぜ核の拡大抑止を提供しなければならないか、疑問を持つようになり、抑止の信頼性が大きく後退することになる。

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