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核なき世界を望むなら、日本は核兵器禁止条約に参加してはいけない

結果的に核廃絶を遠ざける…?
佐藤 丙午 プロフィール
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条約の意義は大きいが…

繰り返し強調するが、核兵器禁止条約が、NPTの限界を超え、「核兵器なき世界」の完成に向けた法的文書であることを疑う余地はない。

しかし、NPTは核兵器国に核軍縮の法的義務を課し、その実施方法を5年毎に開催される運用検討会議で検討し、そこで決定した内容の履行を繰り返すことで、核兵器廃絶への道が開けると理解されてきた。

もちろん、2010年の運用検討会議を最後に、行動目標の合意文書は成立しておらず、現状では2020年の運用検討会議でも厳しい議論が予想されている。

重要な点は、そのプロセスに課題を孕むものであったとしても、NPTは核軍縮と核兵器廃絶に向けたプロセスを整備しており、これまで国際社会はその枠内で核兵器廃絶を検討してきたということである。

 

別の視点でNPTを評価するとすれば、条約の下で核兵器国は核軍縮と核廃絶に向けた道筋について、法的に合意しているともいえる(それが不十分で、進度も低調とする批判は理解できる)。一部の核兵器保有国を除き、核軍縮は国際的な規範として確立しており、その規範は核兵器国と非核兵器国が共有するものであった。

核兵器禁止条約が、核軍縮ではなく核廃絶という、国際社会に新たな規範を持ち込み、他の諸条約との相互補完性のもとで目的を実現する意義は大きい。重要なのは、この条約に国際社会を導く力があるか、という点である。

2009年4月、プラハ演説をおこなうオバマ米大統領(当時)〔PHOTO〕iStock

国際社会は、この否定しえない新たな規範に従うべき、という主張は理解できる。規範は社会的に共有され、制度として確立する。これとは逆に、制度として規定された規範が、社会の意識を変えるという側面もあるだろう。

つまり、規範は条約が成立した瞬間に、各国が自動的に共有するものではなく、現実的な交渉と、それぞれの安全保障に配慮した慎重な行動が、はじめて各国の意識を徐々に変えていく。ただし、規範の定着には時間が必要で、なおかつ全ての国家が満足する規範の定義を一律に適用するのは困難である。

核兵器禁止条約は、核兵器国や核兵器保有国の同意が条約発効の条件となっておらず、非核兵器国が集団で合意すれば成立させることは可能である。

つまり条約は、核兵器国の意向や、その安全保障を核兵器に依存する国などの状況は無視して、「廃絶に同意せよ」と迫る形になっている。

このような方法では、核廃絶に向けた規範の醸成や共有は困難であり、核兵器の安全保障上の意義を受容する国とそれ以外とに、国際社会を二分する結果になる。そして、核廃絶の目標が絶対化されると、その両者の対話や交渉を通じた歩み寄りが困難になる。

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