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京大卒無職男が作った、真逆の「おたくハウス」

「リア充」よりも幸せな生き方【後編】

京都大学を卒業後、一度就職したものの28歳で会社を辞め、しばらくふらふらしていたphaさん。「自分が居心地が良い空間」を探し求めていたら、ひょんなきっかけでシェアハウスの世話人をすることになって…。

*前編はこちら http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52611

仲間がいればお金がなくても楽しく遊べる

昼過ぎに目を覚ましてリビングに行くと、床に3人の若い男たちが寝転がっている。朝までみんなでゲームをずっとやっていたようだ。平日の昼だというのに仕事も予定もない奴ばかりらしい。

テーブルの上にはカップラーメンの容器やポテトチップスの袋が散らばっていて、汚いな、と思う。

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テレビに繋がっているのはスーパーファミコンやセガサターンなどのゲーム機だ。こんな20年以上前のレトロゲームで未だに何十時間も遊び続けられるのだから、僕らはなんて安上がりなんだろうと思う。

一緒に遊ぶ仲間がいれば大してお金がなくても楽しく遊べる。逆に1人だと、つい寂しかったりして何かとお金を使ってしまう。僕も会社に勤めていたときはそうだった。

こんな非生産的で時間が止まったようなシェアハウス暮らしを続けて今年で10年目になる。もう10年も経ったのか、と考えると少し気が遠くなる。一体いつまでこんな生活を続けられるだろうか。

 

ハンドルネームで呼び合う

29歳のときに最初のシェアハウスを作ったときには、ちゃんと人が集まるか不安だった。誰も人が住まなくて自分1人でも、半年くらいは頑張ってみよう、と思っていた。

だけどその心配は杞憂で、ブログに入居者募集の記事をあげるとすぐに応募者がたくさん来て、部屋はすぐに埋まった。

シェアハウスといえば、容姿の良い若い男女がお洒落なパーティーをしたり未来について語り合ったりするみたいなキラキラしたイメージがあったりするかもしれないけれど、僕が作りたいシェアハウスはそれと真逆なものだった。

もっと地味で内向的な人間がもくもくと何かをやっているのがいい。おしゃれなパーティーなんかに反感を持っている奴を集めたい。みんな本を読んだりゲームをしたりそれぞれが好きなことを勝手にしているようなのが理想的だ。そのイメージの原型となったのは、僕が大学生のときに住んでいたボロくて汚くてむさくるしい学生寮だった。

そんなコンセプトに共感する人が意外と多かったのか、シェアハウスを始めるとすぐにいろんな人が集まってくるようになった。シェアハウスのよいところは、個人の家よりも人が気軽に遊びに来やすいというところだ。個室は個人のプライベートスペースだけど、リビングは特定の誰のものでもない半共有のスペースといった感じがある。

うちに集まるのは基本的にネットの人間ばかりなので、みんなツイッターのハンドルネームで呼び合う。むしろ本名を言われたほうが誰だか分からない。人間の本名というのは、「鈴木さん」とか「田中さん」とかだと同じ名前の人がたくさんいて区別しにくいけれど、ハンドルネームなら「てへねっぺすさん」とか「数寄屋橋2世さん」とか、個性が強くて他の人とかぶらないので覚えやすい。