国際・外交

沖縄を熱狂させた、瀬長亀次郎「魂の演説」を聴け

【ルポ・アメリカが最も恐れた男】②

第二次大戦後、米軍統治下の沖縄で唯一人"弾圧"を恐れず米軍にNOと叫んだ日本人がいた。「不屈」の精神で立ち向かった沖縄のヒーロー。民衆の前に立ち、演説会を開けば毎回何万人も集め、人々を熱狂させた。その名は、瀬長亀次郎。

TBS報道局記者兼キャスターとして亀次郎を追いかけ、映画「米軍が最も恐れた男~その名はカメジロー」(http://www.kamejiro.ayapro.ne.jp/)の監督を務めた佐古忠彦氏が、この男の生涯を描く――。

(第一回はこちら→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52554

毎回、数万人の聴衆が

戦後、アメリカ占領下からの日本復帰を訴えて結成された「沖縄人民党」。亀次郎は、書記長、委員長などを務め、主要メンバーとして活躍する。

とくに注目されたのは、沖縄の人の魂を鷲づかみにする、ド迫力の演説の魅力だった。亀次郎の演説には、毎回数万人もの聴衆が集まった。

亀次郎の演説を聞くために集まった人々

亀次郎の「追っかけ」だった島袋善祐の頭からは、あるフレーズが離れない。筆者の前で、島袋は亀次郎のジェスチャーそのままに、再現してみせた。右手を高々と上げて、そのフレーズは始まった。

「手を挙げて、一握りの砂も」

次は左手。人差し指を立てた。

「一滴の水も」

そして両手を広げて、次に体の前で輪を作った。

「ぜーんぶ、私たちのものだ」
「地球の裏側から来たアメリカは、ぬするれいびんど……泥棒だ」
「だから、みんなで団結して負けないようにしようと」

すると、会場からこんな声があがった。

「したいひゃー!カメジロー!!」

 

「したいひゃー」とは、沖縄の方言で、やった、でかした、あっぱれという意味である。権力者を前に言えないことを、亀次郎が言ってくれる。胸のすく言葉に民衆は熱狂していた。亀次郎は、こう訴えた。

「あきらめちゃならん。戦に負けたのは仕方がない。戦争に負けたんだから、財産も焼かれた。しかし、これは間違いなんだ。戦争したのはだれか? 東京の日本政府だ。われわれはやってない。だから、私たちから奪うのは間違いだ」

亀次郎がしゃべれば、聴衆は熱狂でこれに応えた

墨で予告を書き、バケツにのりをためて、演説会の告知ビラを電柱に貼り歩く。それを見た人々は、「きょうは亀次郎の演説だ」と、声を掛け合って出かけた。亀次郎の演説は、占領下の沖縄の人々に希望を与えていた。

島袋は、当時の聴衆の声を思い出していた。

「いい勉強になりおったよ。勇気が出るって。戦争に負けて、親もみな殺されて、みな泣いていたからね。前に進むようにって。この演説が、米軍に射殺された天国のお父さんもお母さんも喜ぶんだよって」

そして、聴衆は声をそろえた。

「亀次郎は神様みたいだね」