格闘技

さよならヨネクラジム!「日本の名門」が閉鎖を決めるまで

【ルポ】ボクシング界は、いま

名門の灯が、またひとつ消える――。長年にわたってボクシング界を支えてきたヨネクラボクシングジムが、8月をもって54年間の歴史に幕を閉じることになった。東京新聞運動部記者で、「ボクシングマガジン」にも寄稿する森合正範氏が、閉鎖にいたるまでのヨネクラジムの内情を追った。

いやな予感

「はい、集まって!」。準備体操を終えると、トレーナーの嶋田雄大から号令がかかった。4月13日、東京都豊島区目白のヨネクラジム。午後5時からの全体練習が始まって5分足らずの時だった。

「あれ、おかしいな。こんなタイミングで集合することはないのに…」。プロ18戦13勝、23歳の溜田剛士は首をかしげた。まさにこれから心のスイッチを入れて、1ラウンド3分刻みの本格的な練習が始まろうとしていたからだ。

ふと、胸騒ぎがする。「最近、会長も奥さんもジムに来ていないし。もしかして…」。神妙な顔つきの嶋田の元に、練習に参加していたジム生5人が整列した。ただならぬ雰囲気がジム内を覆う。

「えっと…。ジムは今年の8月いっぱいで終わることになりました」

築48年、木造のジムに嶋田の声が響き渡った。突然の悲報にジム生の表情が一気に暗くなる。溜田の心の中はざわざわした。すでに8月22日の試合が決まっている。「えっ、オレの次の試合どうなるの」。心の中でつぶやいた。その後も嶋田はジム閉鎖の話を続けていたが、溜田の頭の中には入ってこない。

ジム閉鎖は大変な問題だ。おそらく、ニュースにもなるだろう。だが、自分に降り掛かってくる問題はより切実だ。試合はどうなるのか。次戦は日本ユース初代フェザー級王座の決定戦だ。ヨネクラジム所属の選手として出場できるのか、それともジムを移籍することになるのか。ああ、大変なことになった。長野の中学を卒業して以来、ヨネクラと歩んできたオレはこの先、どうなるのだろう…。

昭和の火が消えていく中で

4月27日、午後3時57分。私は次の取材先へ向かうため電車を乗り継ごうとしていた。その時、ポケットのスマートフォンがブルブルと震えた。ボクシング記者会からのメールだった。添付ファイルの表題には「ヨネクラボクシングジム閉鎖のお知らせ」と記されている。「えっ」と絶句し、慌ててファイルを開く。

<会長・米倉健司は54年間ボクシング一筋で選手育成に取り組んでまいりましたが、83歳と高齢になり、体調も優れず選手の指導もままならなくなってきたことから、かねてより本人が宣言しておりましたように、一代限りでの閉鎖を決断しました>

メールを見つめ、「閉鎖なんて信じられんなあ…」とつぶやいた。ボクシングを見続けて27年。仕事でも数多くのニュースを扱ってきたが、これほど心に突き刺さったことはない。呆然と立ち尽くす。電車が一本、また一本と過ぎていった。

 

驚きと寂しさ。あのヨネクラが終わるのか。私は大学時代、1990年代前半に「ボクシングの聖地」東京・後楽園ホールでアルバイトをしていた。そのころはまさに「ヨネクラの時代」だった。

選手の階級に合わせて6オンス、8オンス、10オンスのグローブを控室に渡しにいく。試合が終われば、グローブに付着した血や汗をベンジンで落とす。そんな仕事内容だった。グローブを磨いていると、ときどきヨネクラジムのトレーナー、成田城健がジュースをおごってくれる。それが嬉しかった。

当時のヨネクラには大橋秀行、松本好二、川島郭志のように華麗なボクシングをする選手もいれば、中島俊一や古城賢一郎のような変則スタイルの選手もいた。個性あふれる軍団だった。あの頃、4回戦を含めれば、ほとんどの興行にヨネクラの選手が出場していたような気がする。会長やトレーナーに何度グローブを渡しただろうか。あの当たり前だった光景がなくなろうとしている。

日本ボクシング界は現在、世界王者を12人擁し、数字の上では栄華を極める。「神の左」山中慎介(帝拳)は陥落したとはいえ、今すぐにでも世界的なスーパースターになりうる井上尚弥(大橋)が君臨する。まだ世界王座に就いていないが、ロンドン五輪の金メダリスト村田諒太(帝拳)だっている。日本には豊富なタレントが揃っている。

しかし、このくらいしか広く世間に知れ渡っているボクサーはいない。増え続ける世界王者とは対照的に競技人口は減少をたどり、プロライセンス保持者は2004年の3630人をピークに、16年には2326人となった。年間興行数を見ても04年の308から209へ。わずか12年で3分の2になってしまった。

経営難に陥るジムが出てきてもおかしくはなく、振り返れば、3月いっぱいでロイヤル小林、レパード玉熊、セレス小林の世界王者3人を輩出した国際ジムが終わりを告げたばかりだ。これからもどんどん昭和の灯は消えていくのだろう。

「名門中の名門であるヨネクラジムの隆盛、衰退を記して、ボクシング界にいま何が起こっているかを書きたい。いや書かねばならない」。駅のホームに立ち尽くしながら、ボクシングを愛する者として強く思った。