リンダさん。photo by Ario Kawauchi
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Iターン夫妻があえて「自宅出産」を選んだワケ

田舎暮らしで人生変わった【後編】

ノンフィクション作家の川内有緒さんが、岡山県の棚田広がる山村の保育園に移住したアーティスト夫婦を紹介した前編。取材を終えようとしたら、奥様のリンダさんから「ここで次男を産んだ」と聞き、俄然興味が湧き……。

*前編はこちら http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52594

助産師を呼ばない無介助分娩

「えっ、自宅で出産したんですか」

改めて確認すると、リンダさんは「うん、あの畳の部屋で産んだんだ」と爽やかな笑顔で答えた。それはすごい、と私は思わず前のめりになった。そこから始まったのは、緊張感と期待感が交差する生命誕生の物語だった。

リンダさんが自宅出産を行なったのは、次男である山伽君(1歳)の出産時だった。その決断には、長男の名月(なつき)君(5歳)の出産体験が影響した。先述の通り、山間に位置するリンダさんの集落には分娩できる病院はなかった。

 

「なっちゃん(名月君)は、倉敷の助産院で出産しました。それはそれですごく良かったんだけど、その一方で、全部、助産師さんの言われるがまま。『いきんで』『止まって』『ハア、ハアして』とか。まだお風呂に入りたくない気分なのに、『今、入って』って言われたり。だから2回目は、もう少し自分でしっかり赤ちゃんや自分の状態を観察して、把握して産みたいなと思うようになりました」

そこで具体的な選択肢としてあがってきたのが、自宅出産──。

助産師も呼ばず、夫婦2人で行う無介助分娩だ。時として「自然出産」や「プライベート出産」とも呼ばれる方法である。

賛否両論ある自宅出産

自宅出産は、「本人の産む力を信じる」「家族が貴重な体験を共有できる」「慣れ親しんだ環境で出産できる」と良い面もあるが、医療従事者が側にいないのでそれなりにハイリスクで、賛否両論ある。

私自身は、現在2歳の長女の出産時、破水から72時間も生まれてこず、最後は娘の心音が弱くなる中での帝王切開、という絵に描いたような難産だったので、たとえ2人目ができても考えにくい選択肢だ。ただ、私にはできない、というだけでリンダさんの決断には敬意を表したい。なにしろ20万年ともいわれる長い人類の歴史のなかで、医療従事者による出産の介助が広く普及したのはここ数十年のことなのだ。

厚生労働省の人口動態調査によれば、1950年代までは自宅・助産師出産が圧倒的な主流で、出産全体の9割以上を占めていた。その65年後となる2015年には、病院と診療所の出産が合わせて99%以上を占めるように。次いで助産院が0.68%。最後に自宅などの「施設外」が0.14%となっている。具体的な数でいうと施設外での出産は1426件。全体から見れば非常に少数だが、逆にいえば1426人もの人が現代でも自宅出産を行っている(むろんここには、やむをえない事情のケースも含まれる)。

リンダさん。photo by Ario Kawauchi

自宅出産が珍しくない地域

リンダさん自身は、なにがなんでも自宅出産と考えていたわけではなかった。

「何も問題なく、妊娠経過がすべて順調だったら自宅でやってみよう、でも、何か少しでも問題があったら、病院で産もうと決めていた」

そもそもリンダさんが住む美咲町では、自宅出産はそう珍しくもない、というのだから再び驚く。近隣に住む友人の中にも、すでに3人の体験者がいたそうだ。夫のガキさんも「周囲には自宅出産の人も結構いたし、リンダがそう望むのだったらそれをサポートしよう」と考えた。