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戦艦大和「特攻」の大失敗にみる、「忖度」の本質

戦後の日本人が直視してこなかったこと

「空気」という言葉の悪用

かつて、山本七平は日本人組織の特徴として「空気」による決定に注目した。なぜ日本は勝ち目のない戦争に向かったのか。なぜ無意味な戦艦大和の沖縄特攻が実行されたのか。いずれも、「空気」に支配され、「空気」が最終決定者だった、という。

この同じ現象が、今でも起こっている。今年、注目された「忖度」という言葉は、実はこの「空気」という言葉と密接に関係している。

国有地の取引をめぐって首相夫人に相談したと主張する籠池氏。首相あるいは首相夫人の気持ちをめぐって不思議な力が働き、それを忖度して官僚が動いたと主張した。つまり、「空気」が存在し、それに官僚が動かされ、異常に安い値段で国有地が購入できたというわけである。

もしこのように最終決定者が人ではなく「空気」ならば、だれも責任を追及できない。もうこれ以上、議論の余地はないのである。こうして、空気論は無責任論へと行きつく。

このことから、今日、「空気」という言葉は、悪用されているように思える。もうこれ以上分析されたくない場合、責められたくない場合、「空気」という言葉が自己防衛のために用いられるのではないか。

しかし、最終決定者は決して空気ではない。やはり人間なのである。空気の正体を明らかにしてみたい。

 

山本七平の空気の非合理論

山本七平が空気による決定の典型として取り上げたのは、太平洋戦争末期の戦艦大和の沖縄特攻作戦である。

1945年4月1日、米軍が沖縄本島に上陸した後、海軍は航空機による特別攻撃を遂行した。そして、陸軍の総攻撃に呼応して、戦艦大和も敵上陸地点に切り込み、ノシ上げて陸兵になるという水上特攻作戦が実行された。しかし、航空機による護衛のない大和は、沖縄に辿り着くことなく、米爆撃機によって撃沈された。

この大和特攻作戦は、当時、連合艦隊首席参謀であった神重徳(かみしげとく)少将が主張し、これを豊田副武連合艦隊司令官が承認し、その後、軍令部次長の小澤治三郎中将が了解、そして軍令部総長及川古志郎大将が黙認して実行された。

しかし、この作戦の実行部隊である第二艦隊司令官伊藤整一中将に、この作戦が説明されたとき、伊藤は猛反対した。航空機による護衛のない大和は、米爆撃機に容易に攻撃され、目的地である沖縄まで到着できないと反論した。しかし、最終的に伊藤はこの無意味な作戦を了解した。こうして、大和特攻は実行されたのである。

山本七平は、この馬鹿げた大和攻作戦を「空気」による決定とみなした。山本によると、かつてサイパン陥落後、米軍が上陸したとき、同じ大和特攻作戦が考案された。

しかし、そのとき軍令部は大和がサイパンまで到達できないと判断し、作戦は中止となった。しかし、沖縄の場合、状況はまったく同じであったが、作戦は遂行された。

なぜか。これは、サイパンのときにはなかった非合理な「空気」が沖縄特攻作戦をめぐって発生したからだという。ベテランの伊藤整一長官はその空気を読み取り、それがもうこれ以上議論の対象にならない存在だと了解したというのである。

では、この「空気」とは何か。

山本七平は、空気とは、物的存在としての対象の背後に何かが臨在的に存在していると感じ、それを神のように全体的存在として認識し、逆に人間がそれに支配され、抵抗できない何かだという。この非合理な「空気」が、大和特攻作戦をめぐって出現し、その空気に日本海軍は支配されたのだというのである。

このように、もし空気が最終決定者であるならば、これ以上その責任は問えないことになる。こうして、山本七平の空気論は無責任論と結びつき、「空気」という言葉の悪用へとつながる。すなわち、失敗に対して、これ以上責められたくないときに使用される便利な自己防衛用語となる。

しかし、最終決定者は空気ではなく、やはり人間なのである。