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ライフ 英語

真夏の東京で出会った奇妙な「Tシャツ英語」の数々

あなたのTシャツは大丈夫?

日本の夏は英語であふれている

ロディアの5ミリ方眼のパッドで12番がもっとも適している、と僕は思った。このメモパッドは掌に収まる大きさだ。ミシン目が入っているから一ページずつ切り離すことが出来る。筆圧をかけなくても滑らかにくっきりと書けるボールペンが使いやすい。パッドの台紙は厚紙なので、ボールペンのクリップをそこにはさんでおくことが出来る。

用意はこうして整った。東京は折しも真夏ではないか。Tシャツの季節だ。人々が着ているTシャツの胸や背中には、英文字によるさまざまな言葉が印刷してある。どのような言葉に出会えるか、ロディアの方眼パッド12番とボールペンとをポケットに入れて、僕は東京の夏のなかを歩いてみることにした。

7月から8月にかけての、日数にして10日足らずだったが、80枚綴りのパッドは残り四分の一ほどになった。街をいく人たちの胸や背中に英文字の言葉を見ると、パッドの一ページにひとつずつ、僕は書きとめていった。

自宅へ帰って切り離したページが60枚ほどになった。これくらいあれば中間報告くらいは出来るだろう。夏のさなかの東京を行き交う人々の胸や背中に、どのような言葉を僕は英文字で見ることになったか。

駅のプラットフォームから降りて来る若い女性のTシャツを、上がっていくエスカレーターから僕は見た。見間違いではない。この一語を、くっきりと、彼女の胸に僕は見た。その一語はPleaseだった。文脈によって意味は異なるが、Tシャツの胸に文脈はない。彼女自身が文脈だよ、という意見は、しかし、あり得る。Pleaseは日本での英語の勉強だと、ほぼ自動的に、「どうぞ」ではないのか。

ConverseBianchiは商標だ。AttackDeadpoolというのも見た。豊富だ。こういうのを、多様性に富んでいる、と表現するのがいまの日本語だ。Deadpoolは映画の題名ではないか。TraditionalそしてAnniversaryそれからKGRMQFAというのを見た。すべて大文字で、文字ごとに色が違っていた。デザインの素材としてのアルファベットのなかから選んで、ただこのようにならべたものではないか。

Dorkという一語が若い男性のTシャツの胸にあるのを見たときには、かなり驚いた。「流行に遅れたままの田舎くさい間抜けにしか見えない人」というような意味がある。もっと端的な別の意味もある。多様性は、誰の想像をも、軽く越えている、と僕は思った。二語以上になると、多様性はいちだんと豊富になった。

向こうから歩いて来る中年女性のTシャツの胸に、Fresh Harmonyのひと言を見るのは、妙な気持ちだった。該当する日本語は見つからなかった。日本語でこれを、いったいなんと言えばいいのか。こうとしか言いようのない気持ちを、日本語は見つからないまま、この英語のふた言に託したのではなかったか。あるいは、Tシャツの胸に英文字をデザイン的に印刷する必要を前にして、当たり障りのない言葉を選んだらこうなったのか。