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たそがれる国家(10)

生は一瞬、死後は永遠

私たちが「世界」という言葉を使うとき、ふたつの意味が付与されている。

ひとつは世界地図に表されているような世界、もうひとつは私たちが生きている世界、というような意味での世界である。

後者は仕事の世界とか家族や友人の世界、人によっては自然との関係の世界といったさまざまな世界の集合としてできている。

ところで私たちの生きる世界という意味での世界は、社会の近代化とともにひとつの変化を遂げるようになった。近代以前の人々の世界観は三次元的、立体的であったのに対して、現代の私たちの世界観は二次元的、水平的になったといえばよいのだろうか。

近代以前の人たちが未来について語るとき、もっとも切実な未来は死後としての未来であった。

簡単に述べれば、生は一瞬、死後は永遠なのである。

キリスト教やユダヤ教、イスラム教徒であれば、死後は神に召され、神の裁きを受けて天国や地獄にいくことになる。カトリックでは、天国の手前に自己を清浄化させる場としての煉獄も設定されているが、死後的世界をふくめて人々は自分たちの生きる世界を感じとっていた。

 

死後観には輪廻転生と再生というものもある。

輪廻転生はインドの古代バラモンの教えが代表的で、ヒンズー教や上座部仏教にも受け継がれた。死後の時間を経て再びさまざまな生き物に生まれ変わる、解脱するまでそれをくり返すという死生観である。

再生は死後の時間をへて元に戻る、生まれ変わってもとの世界に戻ってくるというという死生観で、古代エジプトの死生観はそういうものであったらしい。

中国の漢民族に発生した儒教の死生観もそうで、死後に魄=身体を失った気=魂はこの世を漂い、子孫の努力=供養によってもう一度生まれ、戻ってくるというとらえ方であった。

同じ中国でも道教のように、仙人になることによって永遠の生を手に入れる、あるいは自然の力だけで生きていける霊=魂を獲得することによって、永遠に生きつづける霊=魂を確立することをめざした信仰も生まれている。

日本人の死生観

日本に定着した仏教も、永遠の生を獲得しようとしていた。

もっとも源信の『往生要集』が書かれてからの平安仏教では、死後に閻魔大王に裁かれ、極楽か地獄にいくということになっていて、平安貴族たちは地獄に堕ちることを恐怖していた。

極楽にいくためには阿弥陀如来のいる極楽を思い浮かべる、そのことによって清い心をもつことが大事だとされたから、藤原道長は極楽のイメージをかたちにして平等院を造営したほどであった。

平等院鳳凰堂平等院鳳凰堂〔PHOTO〕iStock

この死後的世界としての地獄、極楽観は一方ではその後も受け継がれることになったが、鎌倉時代に入ると民衆の世界に仏教が広がるようになる。

それは仏教と土着的な死生観、民衆のなかに広がっていた文献によらずに伝えられていた道教を集合させ、山や海を死後の霊=魂の行き場とする死後観をつくりだすようになった。ここで死者の霊=魂は自然と一体になって祖霊となり、子孫たちの世界を守る仏=神になるという死生観である。

地獄は戒めの言葉としては残っても実際にいくところではなくなり、人間だけではなく、あらゆるものが神仏となっていくことになった。仏教としては法然が、すべての人の救済を阿弥陀仏は約束していると宣言することになる。