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自殺者が出ても簡単には変えられない新国立競技場「過酷な労働環境」

これでは次の犠牲者が出てしまう

次の自殺者が出てしまう

「今は、発注先の大成建設JVに労務管理と安全指導の徹底をお願いしているが、同じような案件が続くと、建設に関係する約800社の実態調査に乗り出さざるを得ない。その時は、工事は一時ストップ、より厳しい建設スケジュールになるだろう」

新国立競技場の発注元である日本スポーツ振興センター(JSC)幹部が、こう険しい表情で語った。月200時間以上の残業など過重労働が続いたとして、地盤改良工事などに従事していた入社1年目の下請け会社の男性社員(当時23歳)が自殺した問題は、労働環境が変わらないまま、「次の自殺」を想定しなければならない事態となっている。

流線的で斬新な「ザハ・ハディド案」の白紙撤回に始まった建設工事の遅れは、「天の声の続出」による解体工事の調整失敗でさらに遅れ、それを取り戻すための突貫工事が続いているために、随所に歪が出ている。朝令暮改は日常茶飯で、2~3時間前の決定が安易に覆されるなど統制が取れておらず、それが全て現場に押し付けられる。

しかも、政府が威信をかけて工費を安く抑え、取り壊された旧国立競技場を1958年に完成させた大成が、「ウチの事業」という感覚で採算を度外視して受注。その結果、工事は「安く早く」が最重要課題となり、それもまた現場への圧力となった。

つまり、下請け建設会社社員の自死に追い詰められた環境は、大成と関係約800社が全て抱える問題であり、2020年1月完成と期限を切られている以上、環境は変えようにも変えられない。

 

例えば、都内台東区に本社を置く自殺した男性の会社は、56年創業の老舗でジャスダックに上場、「ブラック企業」という批判を過去に受けていたわけではない。だが、代休への振り替えによる残業の過少申告が横行、男性社員もそうした手法で月80時間の残業上限を超えないように調整されていた。

会社は実態調査を行い、創業規則を見直し、安全と健康を優先する労務管理体制を敷くというが、仕事量が減らず、限られた予算のなか、抜本的な改善には自ずと限界がある。当該企業にしてそうである。時間との戦いのなか、パワハラが横行する新国立競技場の作業現場が変わるのは容易ではない。

魔物が棲みついているような

現場だけではなく、新国立競技場には魔物が棲みついているような怖さがある。

まず、ザハ・ハディド氏の急死である。安倍首相は、15年7月、総工費が当初見込み1300億円の倍以上、嵩むことが判明して「ザハ・ハディド案」を白紙撤回。ザハ氏は反発するが、16年3月、仕事で訪問中のマイアミで病死した。65歳という早過ぎる死に、関係者は驚きを隠せなかった。

五輪招致を成功させた猪瀬直樹元知事は、医療法人「徳洲会」からの5000万円提供問題で辞職。後を継いだ舛添要一前知事は、新国立競技場の予算編成過程を「密室での談合政治」「旧日本軍のような無責任体質」と、ブログなどで批判していたものの、その後、政治資金の公私混同疑惑で失脚した。

建設計画を主導していた文部科学省の官僚も、その後、火の粉を被っている。新国立競技場を担当、将来の事務次官候補といわれたスポーツ青少年局長の久保公人氏は、15年8月の人事で事実上、更迭された。その後に私立大副学長に再就職しているが、文科省人事課が違法な斡旋を行ったと認定された。

新国立競技場建設を文科省から取り上げたのは、国交省出身の和泉洋人首相補佐官。菅義偉官房長官の右腕として霞ヶ関全体に睨みを効かせる存在だったが、総工費が膨張した新国立競技場に大胆なメスを入れ、前に進めたことで行政手腕が改めて評価された。

だが、その辣腕ゆえに、加計学園の獣医学部新設に関しては、「官邸圧力の主」として暴露され、批判された。暴露したのは、新国立競技場の主導権争いに負けた前川喜平前事務次官。「行政の歪みを正す」という姿勢は喝采を浴びたが、そこに和泉氏に対する個人的感情が入っていないといえば嘘になる。