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稲田朋美とは何者だったのか?〜欺瞞と不誠実さ以外に残ったモノは…

日本はもうPKOに参加できないかも

稲田大臣の辞任を思い出す

すでに二代前の防衛相の話になるが、外務大臣との兼務を一週間こなした岸田文雄氏、二回目の防衛相就任となった小野寺五典氏と比して、あまりに低評価だった稲田朋美防衛相が内閣改造の一週間前に辞任したのは、南スーダンPKOに派遣した自衛隊員の日報隠ぺい問題の不手際の責任をとってのことだった。

稲田元大臣が残した負の遺産は大きい。その最たるものは、日本のPKOへの貢献に対するマイナス効果だろう。

もともと自衛隊の南スーダンからの撤収は、これまでのPKO派遣とは違い、国連ミッションが終了する前に一方的に撤収を図るという点で、初めての出来事だった。現代の国連PKOに日本が参加することの難しさが露呈した事件であった。

南スーダンPKO派遣の自衛隊部隊〔PHOTO〕gettyimages

撤収が発表された3月11日、私は次のようにブログに書いた。

「これまで自衛隊の撤退を要求する人々は、常に抽象的かつ非現実的な言い方で、自衛隊ではない平和への貢献の仕方があるはずだ」、と言い続けてきた。明日も多くの人がそういうことを言うだろう。気楽である。

誰も具体的な方策に関心がないのだから。抽象的かつ非現実的な言い方で、「日本政府は、自衛隊派遣以外の方法で、早く南スーダンを平和にするべきだ」、と言い続けておけばいい。それで日本社会ではOKである。

これまで自衛隊の撤退を要求する人々は、南スーダンは危険地だ、紛争地だ、ジェノサイドが起こる、と様々なことを言ってきた。しかしそれもせいぜい5月までの話だろう。

そうすれば日本では誰も南スーダンの話などをしなくなる。少なくとも余程の事件でも起こらなければ、ニュースなどで取り上げられる可能性も皆無だろう。」(参照「自衛隊の南スーダンからの撤収は残念でならない」)

 

もはや過去の昔話のように感じられるが、「早く撤退させろ」「政府は戦争をしたがっている」「アベは戦死者を作りたいんだ」の大合唱をしていた批判勢力は、その後すっかり「モリ・カケ」問題の専門家となった。

さらに今は新しい攻撃材料を探しながら内閣支持率の低下率をチェックするのに忙しく、まさか「自衛隊以外にも日本は南スーダンにできることがある」などといった昔の言葉を思い出す余裕があるはずもない。

だがだからこそ稲田元大臣について思い出してみることは、日本のPKOへの関与という「時機を外した」ネタについて考え直してみるための、ささやかな方法であるかもしれない。