学校・教育

「パパみたいにならないでね」という母親のグチが子どもをダメにする

世代間連鎖を防ぐ子育て論(5)
信田 さよ子 プロフィール

この夫とやっていくしかない……

夫が入浴を終えるのを待って、ケイコさんは担任への批判も込めて言われたことを報告した。

夫はいつものように缶ビールを開けて、テレビのニュースを見ながらスマホをいじっている。いちおううなずいているものの、相槌を打つわけではない。ケイコさんの顔を見るわけでもない。

ケイコさんはそんな夫の姿に慣れているはずだった。体調が悪いときも特に気を使ってくれるわけではない。

休みの日の買い物には付き合ってくれるが、いつも車の中でゲームをしながら待っている。ユウトと遊んでくれるときも、いっしょにゲームをするだけで、ときには口惜しがってユウトとケンカになってしまう。

「ちゃんと話、聞いてよね。スマホやめて私の顔を見てくれる」

ケイコさんが声を荒げると、
「ごめんごめん、そんな感情的になることじゃないだろ」
「たいしたことないじゃん、よくあることだよ。俺なんてママにいつも苦労かけてたし」
と言う。

その言葉を聞いて、ケイコさんは怒るよりも体じゅうの力が抜ける気がした。

 

ユウトはケイコさんのことを「ママ」ではなく「おかあさん」と呼ぶ。ユウトが生まれた今でも夫が姑のことをママと呼んでいるせいで、家族のあいだでママというのは姑のことを指すようになっているからだ。

ケイコさんのマンションは夫の実家から徒歩5分の位置にある。夫の両親がケイコさんたちを近くに住まわせるために購入してくれたものだ。

夫は実父の経営する会社の専務であり、同族経営特有のゆるい仕事に携わりながら、同年代の男性よりはるかに高額な給与を得ている。

その恩恵を受けていることにはケイコさんも感謝しているのだが、息子に対してこれから先、どんな父親の姿を見せるつもりなのだろう、そう考えるとイライラや疑問ばかりが強まってしまう。

育児の方針に関しても、最後は「ママに聞いてみるよ」と逃げる。そのことを責めると逆ギレされたことが何度もあったので、今ではあきらめて触れないようにしている。

姑はまだ若々しく、ミニスカートを履いて、ゴルフ三昧になるにはもったいない年齢にもかかわらず、週の半分は車でゴルフに出かけている。

ユウトの育児に対しては、「専門的な知識だけじゃやっていけないんじゃない」などとそれとなく嫌味を言ってくる。

「ハヤトはほんとに素直な子だったわ」とユウトに言い聞かせるのが常だったので、ユウトは父親をパパと呼ばずに「ハヤト」と呼び捨てにするようになってしまった。

いつのまにか、姑が来宅したあとは、ケイコさんを激しい頭痛が襲うようになった。

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担任の言う「家族環境の問題点」を挙げ始めれば、もう限りがない。ケイコさんが努力して変えることができる部分など、ほんのわずかしかないのではないか。

夫は今の会社を辞めないだろう、そのままいけば後継者になるだろう。夫の両親は丈夫なので、ずっと長生きするに違いない。そうすれば夫は「ママ」に依存したままに違いない。ユウトにとって父親はあの夫であり、ことあるごとに「ママが……」「ママに……」と言い続ける姿を見本に育っていくのだ。

ときどき、ケイコさんはすべてを投げ出して家を出たくなる。離婚して、新しい人生を歩みたくなる。

でも、ユウトの姿を見ると、やはりあの夫といっしょにやっていくしかないのかと思う。とはいえ、夫の背後に数珠のようにつながっている一族のことを思うと深いため息が出るのも事実だった。そんなときは、ユウトだけが救いに思えた。

「ユウトは、おとうさんみたいにならないでね」「ユウトだけはおかあさんのこと、わかってくれるよね」、そう言って少し涙ぐむと、ケイコさんの目をみつめて、ユウトは真剣に「だいじょうぶだよ」とこたえてくれるのだった。