〔PHOTO〕REIKO KONO
歴史 人類学

私が国内最古の人骨研究にかかわり、「3D人類学」に没頭するまで

白保竿根田原洞穴遺跡との「ご縁」

1000点を超す人骨片

手の届きそうな近さの青い空と海には目もくれず、離着陸する飛行機の轟音を聞くともなく聞きながら、土にまみれて人骨を掘る……石垣島に2013年開港した「南ぬ島 石垣空港」の敷地のはずれ、滑走路からも見える位置に、その遺跡はある。

そこからは更新世末から近世にかけての1000点を超す人骨片が出土している。この遺跡の名前を「白保竿根田原(しらほさおねたばる)洞穴遺跡」という。

今年5月、この白保竿根田原洞穴遺跡から出土した人骨資料についての記者発表が行われた。全国的に報道されたので新聞などで目にした読者もおられるかもしれない。

比較的保存のよい4個体を含めて19体以上の更新世の人骨が出土していること、そして洞穴は沖縄地域に独特の「風葬」による墓として使われていたらしいこと、などが発表されたのである。

私はこの白保の人骨の研究にかかわっているのだが、最初から目指してこうなった、というようなことでは決してなく、むしろ成り行きとでもいうべき経緯による。あるいは、考えようによっては、これは運命だったのかもしれない、とも思う。

白保竿根田原洞穴遺跡

人類祖先は何を食べていたのか

私自身の研究人生は、沖縄の人骨とはほとんど関係なく、人類の進化の過程で、歯、特に大臼歯(奥歯)の形がどのように変わってきたのかを分析するプロジェクトにかかわることからスタートした。

1994年に論文発表されたアルディピテクス・ラミダスという、もっとも古い時期の人類祖先化石の第一号標本の発見者である東京大学の諏訪元先生に師事したことで、その研究チームの末席に連なるという幸運を得たのだ。

 

歯は象牙質とエナメル質という2種類の組織が重なってできている。口の中に出ている「歯冠」の部分は、表面がエナメル質でおおわれており、食べ物を咀嚼する際に重要な働きをする。哺乳動物では歯の形はそれぞれの食べ物の物理的性状に応じてさまざまに進化してきた。

人類の進化の過程では、古い祖先の時代にこのエナメル質がかなり分厚くなっていたことがあり、現代のわれわれも厚めのエナメル質を受け継いでいる。

厚い、薄い、といってもせいぜい1センチくらいの大きさの歯の表面を覆う数ミリ程度のことではあるが、なぜ人類の進化の過程でそのような変化があったのかがわかれば、古い人類祖先が何を食べていたのか、どうしてそのように進化したのかなどのヒントが得られるかもしれない。