Photo by iStock
政治政策

そもそも、あなたは政治家の道徳心や知性を「信頼」していますか

「ポスト安倍」の権力抗争より国民が求めているもの

信頼がなければ何もできない

7月2日の東京都議会議員選挙で自民党が大敗した後、安倍政権に対する支持率が急落している。首相官邸は、「いつもよりは少し厳しいが何とかなる」と事態を楽観しているようだが、そうはならないと思う。

その証拠に、文部科学省の官僚や幹部自衛官が安倍政権の権力基盤を崩す画策を始めている。機を見るに敏な外務官僚も首相官邸から距離を置き始めている。この現象を分析する上でニクラス・ルーマンの名著『信頼』がとても役に立つ。

現実の社会は複雑だ。信頼によってこの複雑性を減らすことができるとルーマンは分析する。

信頼とは、最も広い意味では、自分が抱いている諸々の〔他者あるいは社会への〕期待をあてにすることを意味するが、この意味での信頼は、社会生活の基本的な事実である。

 

もちろん人間は、様々な状況において、特定の点では信頼を寄せるか・寄せないかということを選択している。しかし、なんの信頼も抱きえないならば、人は朝に寝床を離れることさえできまい。なんの信頼も抱きえないとしたら、無規定の不安や、全身の力が萎えるような恐怖に襲われる他はあるまい。

その場合には、なんらかの規定された不信を表現することもできないし、規定された不信をてこにして防衛的な手筈を調えることもできないであろう。というのも、規定された不信をてこにして防衛的な手筈を調えるというのであれば、それは、べつの点にかんしては信頼を寄せるということを前提にしているからである〉。

確かにその通りだ。人間は無意識のうちに特定の他者や社会常識を信頼している。それらを疑うときにも、疑いの根拠となった情報は信頼している。

支持率が回復しない根本理由

政治やビジネスの世界では、未来を正確に予測することは誰にも出来ない。それだから信頼が特に重要な意味を持つようになる。

例えば政治家とか企業の指導的管理者などのような、そうした役割は、典型的には服務規定によってではなく、成果に照らして制御される。というのも、まさしく適正な行為が、予め充分に分かっているわけではないからである。

しかし成果は、行為の後になってようやく現れる―あるいは現れない。にもかかわらず行為は、成果が出現する・しないに先だって遂行されねばならない。こうした時間の問題に対して、信頼は橋渡しを行う。信頼は、成果の前払いとして、例えば官職への人の任命とか資本信用のように、まず先立って、撤回されない限り有効な期限つきの委託として与えられるのである。

複雑性の問題は、このようなやり方で分割され、そうすることによってサイズを縮小される。すなわち、ある人は予め、他者が見渡しえない状況を上首尾に切り抜けるであろうということを信頼し、従って複雑性を縮減させることを信頼する。そして、〔信頼された〕他者は、まさにこの信頼が基盤となって、実際に上首尾に進める大きなチャンスを持つのである

そしてこのような信頼が一旦確立すると、客観的に見て信頼した相手が裏切り行為をしても、それを認めずに信頼し続けるようになる。なぜこのようなことが起きるかについてルーマンは、

〈自分が寄せた信頼が誤用されたときに、人の眼の前で・また自己自身に対して自分を、愚か者・未経験者として生活不適格者として呈示するのを防ぐものは、まさに信頼した側の自尊心と自己の社会的正当化なのである。

それら〔なぜ信頼するのかに関わる理由〕は、いずれにせよ信頼を〔あるところに〕置くことを支えるのであって、信頼そのものを支えるのではない。信頼は、相変わらず冒険なのである〉と説明している。

平たい言葉に言い換えると、「こんな人間を信頼してしまった自分が惨めだ」ということを認識したくないので、薄々裏切られているとは思いつつも、そういう相手を信頼してしまうのである。

ただし、裏切りに関しても許容できる閾値がある。この閾値を超えてしまうと、信頼が回復することはまずない。