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エベレスト登頂に成功して、待っていたのは「拉致監禁生活」だった

第19回ゲスト:野口健さん(前編)
島地 勝彦 プロフィール

帰国するなり、赤プリに拉致監禁

島地: 人間、無意識のほうが本音が出たりするものだ。野口にとって一番大事なのは「PLAYBOY」だった、ということでしょう。

日野: また都合のいいまとめ方をする。そういえば、野口さんの最初の著書は集英社インターナショナルから発行されたのでは?

島地: そう、『落ちこぼれてエベレスト』。オレと野口が最初にあったのはそこだったね。25歳で当時の7大陸最高峰登頂最年少記録を樹立ということで、日本のマスコミでも話題になっていた。帰国したら大騒ぎになるから、タナカに「ホテルにカンヅメにしてインタビュー、どこよりも早く出版するぞ」と。タナカが偉かったのは、帰国が成田ではなく関空だという情報をちゃんとかぎつけて、拉致に成功したことだね。

日野: 拉致って……。

野口: いや、ほんとにそんな感じでしたよ。空港のロビーに出たらなぜかタナカさんがいて、挨拶もそこそこに東京へ連れて行かれ、赤坂プリンスホテルの一室に2週間くらい監禁されたんです。そこに現れたのが、今よりふっくらしていた島地さんでした。

島地: 感動の出会いだったよな。

野口: 部屋に入るなり「おめでとう。さあ、私の胸に飛び込んできなさい!」と。

日野: ……意味がわからないです。

野口: ぼくもわからなかったけど、けっこう疲れていたので何も考えず、胸に飛び込んだらギューッとハグされて……。

島地: ははは、それは覚えてないけど、なかなかいいシーンじゃないか。

野口: ぼくの父親も葉巻を吸うんですが、島地さんの胸に飛び込んだら、葉巻のいい匂いがふわっと漂って、少しホッとしたのを覚えてます。というか、あれほど第一印象が強烈な出会いはそんなにありませんから。

酒池肉林!? 懐かしの拉致監禁生活

日野: それで、拉致監禁生活はどうだったんですか?

野口: 島地さんがいうには、「昼間はびっちりインタビューをする。でも夕方以降は好きに過ごしてもらってかまわない。ルームサービスもバーも好きなだけ使っていいし、女を連れ込んでもいいぞ」と。赤プリのスイートルームに泊まって、飲み食いもぜんぶ集英社モチですよ。ぼくはまだ学生だったんで、それはもう、夢のように楽しい日々でした。

島地: 連れ込んだな。

野口: いや、そりゃ、あの状況なら、自然とそうなりますよ。

島地: そうやって心身ともにも充実したから、いい本が出来たんだね。

野口: 今では考えられませんけど、初版3万から始まり、あれよあれよという間に増刷されて、ほんとうにありがとうございました。

島地: いやいや。旬の素材を料理する経験は編集者冥利に尽きるので、こっちも感謝しているよ。

日野: エベレストとか、8000メートルを超える山にアタックするときは、その心身の充実はどうするんでしょうか。ひたすらストイックに過ごすんですか?

野口: エベレストの場合、5300メートルのベースキャンプまでは、ヤクに荷物を載せていろいろ運べるんです。人間、食べないとどうにもならないので、そこまでは日本食が食べられるようにしてました。日本酒も、瓶のままだと割れてしまうからペットボトルに移して、テントの下に穴を掘って入れておくと、ちょうどいい冷酒になります。

島地: 上に行って酸素が薄くなると、動くのも億劫になるだろうから、せめてベースキャンプでは気分転換しないとね。

野口: ずっと低酸素状態が続くと精神のバランスを崩すこともあるので、ベースキャンプにはテントにちゃんとしたベッドを設営したり、食事には漆器を使ったり、自分なりに寛げる空間にしてました。